第13話 強奪


 放課後の学園で、製菓クラブの活動がそろそろ終わるというころ、調理室の入口から入ってきたモニカの姿が見えた。入口で部屋全体をきょろきょろと見渡し、ルイーゼの姿を見つけるや否や口角を上げて笑みを浮かべた。そしてずんずんとこちらへ近づいてきた。

 なんせ第一印象がアレだ。モニカが近づいてくる様子を見て一瞬体が強張る。そして一体何を言われるのだろうと身構えてしまう。するとモニカが微笑みを浮かべて挨拶をしてきた。


「こんにちは」

「こんにちは。何かご用ですか?」


 ルイーゼがそう尋ねるとモニカは開き直ったように答えた。


「何か用って酷い言い草ね。私も製菓クラブの部員なんだけど?」


 モニカがそう言ってけたけた笑う。部員というのはまあいいとしても、もうクラブが終わる時間なんだけれどと思い、呆れてしまう。そして、ふとモニカが調理台のお皿を見て尋ねてくる。


「今日は何を作ったの?」

「クッキーよ」

「ふうん、一つちょうだい」


 ルイーゼが答えた途端、あっという間にモニカが出来上がったクッキーのうちの一個を摘んで口に運ぶ。カメレオンの舌のごとき手の速さだ。そんな貴族令嬢とは思えない所作に製菓班の皆が唖然とする。親しい間柄ならまだしも、全員ほぼ初対面だというのに。


「んーっ、美味しい!」

「本当? よかった」


 モニカの行動はともかく、褒められたのは素直に嬉しかった。その感想に思わず笑み零れてしまう。今日のクッキーは皆で作った合作だ。初めて大勢で作ったお菓子作りは最高に楽しかった。今日の活動を反芻しながら、目の前の出来上がったクッキーを見つめてぼんやりと感慨に耽る。


「ねえ、このクッキー幾つかちょうだい?」

「えっ!?」


 モニカの言葉に思わず驚いて目を見開いてしまう。そして当然モニカの願いには即答できない。なぜなら今日作ったのは皆のクッキーだからだ。


「ねえ、モニカさん? 貴女、自己紹介もせずに好き勝手なことを言い過ぎじゃない?」


 モニカの言動を見かねたカミラが腰に手を当てて諫めるも、本人はどこ吹く風といった感じで笑みを浮かべたままだ。悪びれる様子が全くと言っていいほどにない。転生者だからなのか、かなり本来のヒロイン像とはかけ離れているようだ。


(ヒロインってもっと可憐で優しくて控えめで家庭的なイメージだったのに。私がやった乙女ゲームの主人公と違う~!)


 前世で攻略したゲームの記憶を思い出し、目の前のモニカに酷くがっかりする。やはりゲーム設定は転生者には無関係なんだという事実を、今さらながらに実感する。


「あら、だって貴女は私の名前知ってるじゃない?」

「それはモニカさんが私のクラスに転入してきたからでしょう? ここにいる製菓クラブの皆さんは貴女のことを知らなくてよ」


 カミラがそう言うとモニカは悪びれずに笑いながら答えた。


「私の名前はモニカよ。それじゃ、貰っていくわね」


 そう言ってモニカは皿の上にあったクッキーを十個ほど鷲掴みにして手持ちの紙に包む。そしてあっという間に踵を返して調理室から立ち去ってしまった。あまりの予想外の行動に不意を突かれて、誰もモニカを止めることができなかった。

 目の前で行われた奇行にその場にいた全員が唖然としてしばし固まってしまう。皆貴族令嬢だから、モニカのような女性に耐性がないのだろう。


「……あー……後片付けを始めましょうか」


 カミラの言葉で全員がはっと我に返り、驚きも冷めやらぬまま後片付けを始めた。

 モニカが転生者という事実を知ってからは、ある程度は覚悟していた。とはいえモニカも生まれたときから貴族令嬢だったはずだ。貴族の家に生まれて礼儀作法を知らないなんてことは本来ならあるはずがない。その結果のあの言動を考えると、モニカに関してはどうしても残念な予感しかしなかった。




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