第7話 製菓クラブ


 週明けにいつものように学園へ向かう。

 今日も元気に真赤な口紅を塗ったら、薔薇の香水をたっぷり振って、縦ロール。さらにアイラインと頬紅でばっちりだ。

 こうして学園へ来て教室の自分の席に座り、遠巻きにルイーゼを見る級友たちを見て、今さらのように気付く。


「私って友だちがいなかったんだわ……」


 今さらだがルイーゼには友だちがいなかった。これまではアルフォンスのことだけを一日中考えていたために、全く気付かなかった。どうやら頭の中に花が咲き乱れていたようだ。

 これからは恋愛以外のことにも目を向けて、少しでも学園生活を楽しみたい。というのも、周囲から浮きまくっているケバい見た目コスプレのせいで人が寄ってこないのだ。関わりたくないからなのか、同級生にはあまり話しかけられない。かといって陰口は叩かれるが意地悪をされるというほどでもない。だけど一人ぼっちの学園生活は寂しすぎる。できることなら友だちが欲しい。


(こうして私の教室と殿下の教室の往復だけじゃ、友だちはできないわ。確か少し前に製菓クラブができたって聞いたわ。早速入部してみようかしら。恋愛以外のことにも目を向けるのって大事よね!)


 そう考えて放課後、製菓クラブへ行ってみようと心に決めた。




 昼食時、今日もアルフォンスの教室へ向かい、玉砕覚悟で突撃した。そして撃沈した。今日はオスカーと昼食を取るからと、アルフォンスが令嬢全員にやんわりと断りを入れていた。

 そしてルイーゼはというと今日の任務は終わったとばかりに安堵しながらアルフォンスの教室を出た。


 そしてようやく待ちに待った放課後である。製菓クラブへ入部すべく学園内の調理室へと向かう。調理室ではすでに十数人の学生がエプロンを着けて活動を始めていた。

 調理室の中を見渡すと学生たちの中に教師と思われる女性がいた。年齢が四十才くらいで、薄茶色の髪をすっきりと纏め、同色の瞳が優しそうな女性だ。銀ブチの小さな丸眼鏡をかけている。ルイーゼはその女性教師に尋ねてみる。


「あの、先生、今よろしいでしょうか?」

「あら、貴女は……クレーマン侯爵令嬢かしら?」


 どうやらあまり面識のない教師でもルイーゼを知っているようだ。なんだかケバい装いがネオンサインのような役割を果たしているのではないかと思ってしまう。


「はい、ルイーゼと申します。私は製菓クラブに入部したいのですが」


 そう申し出ると教師はぱぁっと笑顔を浮かべた。


「まあ、大歓迎よ。私は顧問のマルティナ・リーグルよ。だけど貴女……」

「はい?」

「ちょっと香水がきついわ。皆さんの邪魔になるから入部するなら香水は禁止ね」

「あ、はい。すみません」


 指摘されてはっと気づいた。香水をたっぷりつけたまま調理室へ来てしまって申しわけなかったなと思う。お菓子を作るのに香水が匂うのは懸命に取り組んでいる他の部員の邪魔になる。自分でもお菓子を作るので、きつい匂いが邪魔になるのがよく分かる。自分の迂闊さに気付き後悔する。

 リーグル先生に香水を付けないことを約束して入部の許可を貰った。明日から香水を使えなくなってしまうが、ケバい見た目は変わらないわけだし、嫌われ大作戦にはそこまで支障はないだろう。


 今日は邪魔にならないように遠くから見学させてもらおう。そう思って周囲を見渡すと、調理室の一角で女子生徒たちが固まって作業をしているのが見えた。製菓の班か何かだろうか。何となく女子生徒たちのことが気になって、邪魔にならないよう静かに女子生徒たちの所へと移動する。そして調理台の傍にいくつか並んでいる壁際の椅子の一つにちょこんと座った。そして女子生徒たちの手元を見ながら製菓クラブの様子を見学をする。


(人によってやり方がけっこう違うものね。ああっ、そんなに強くかき混ぜちゃ駄目よ)


 そんなことを考えながらはらはらと見守る。人が作っているのを見ているだけでもとても楽しい。なんだかうずうずして、早く皆の中へ入りたいと思った。

 すると班で作業をしていた女子生徒たちのうちの一人が近づいてきた。赤毛を後ろで三つ編みに纏め、琥珀色の瞳がくるくるとして鼻に少しそばかすがある可愛らしい少女だ。年齢はルイーゼと同じくらいだろうか。その赤毛の少女がにっこり笑ってルイーゼに話しかけてくる。


「貴女、ルイーゼ様ですか? 私はこの班の班長のカミラです。ディンドルフ伯爵家の娘ですわ。ふふっ、噂に違わず目立ちますわね」


 カミラにそう言われて地味にへこむ。やはりルイーゼのケバい容姿は学園の中で悪名が高いらしい。目立っているのを今は自覚してはいるが、一体どんな噂なんだろう。気になる。


「すみません」

「とんでもないですわ。見た目の嗜好なんて人それぞれですもの。でも香水はこの部では禁止ですわよ」

「あ、はい。先ほどリーグル先生にも言われました」


 香水に関しては、今日だけはどうにか辛抱してもらうしかない。

 ――明日からはもう香水はつけません。ごめんなさい。

 と心の中で調理室にいる全員に謝る。


「そう。それなら私からは何も言いませんわ。それに、私は貴女と同じ学年なんですから敬語は止めてくださって結構ですわよ。それに貴女のほうが身分が上ですわ」


 カミラがにっこりと笑ってそう言ってくれた。カミラの言葉が嬉しくて、思わず笑み零れてしまった。なぜなら学園で気さくにルイーゼに話しかけてくれた女子生徒は、これまでに一人もいなかったからだ。


「それなら貴女もどうか私のことをルイーゼと呼んでください。敬語も結構ですわ。私もカミラと呼ばせていただいていいですか?」

「ええ、いいわよ。よろしく、ルイーゼ」

「ふふ。よろしく、カミラ」


 にこりとカミラが笑う。ルイーゼもカミラの顔を見て自然と笑みが浮かぶ。カミラの笑顔は、なんだか見ていてほわっと安心するような雰囲気があるのだ。ルイーゼはなんとかして友だちになりたいと思った。

 するとカミラがルイーゼの隣にちょこんと座った。ルイーゼは密着した状況にドキドキしてしまう。今世で女の子の友だちと至近距離で接した記憶がなかったからだ。ルイーゼの高揚した気持ちなどまるで気付いていないかのように、カミラが話しかけてくる。


「そういえばあの噂聞いた? 明日転入生が来るっていう噂」

「いえ、知らないわ」


 カミラの話を聞いてドキッとする。転入生……。恐らくそれはヒロインだろう。そしてふとゲームの中のヒロインのスチルが脳裏に蘇る。ストロベリーブロンドのふわふわとした髪に紫紺の瞳の可愛らしい令嬢の姿が。


「どうも男爵令嬢らしいわ。どんな子か楽しみなの。仲良くなれるといいのだけれど」

「そうね。それは楽しみね」


 そう笑って話すカミラに、ルイーゼも笑って答える。ヒロインが転入してくれば、アルフォンスは知り合ったのちにヒロインに心を傾ける。二人がくっつけばもう無理してケバくしなくてもよくなる。二人がくっつくのを待っていたはずなのにつきんと胸が痛む。

 いよいよアルフォンスを諦めるための覚悟を決めないと。そう考えて、自分の恋心に蓋をしてしまおうと心に決める。


(明日か……。ヒロインはどんな子なんだろう? 仲良くなれるといいのだけれど)


 明日転入してくるというヒロインのことをぐるぐると考えながら、ルイーゼはその日の製菓クラブの見学を終えた。




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