第2話《救援》
ただただ広大な大地が広がっていた。
空はどんよりと曇り、空気は淀んでい そんな中を、ハルは力無く歩いていた。
咄嗟の判断から、半ば本能的に戦場から逃げ出した。
ハルは一つだけ後悔があった。
たった一人の戦友を置いてきてしまった。それが亡骸だったとしてもだ。
ハルにとってゲイルは、昔からの友人だった。きっとゲイルからもハルはそう見えていた事だろう。
彼らは共に兵士を目指した。お互いに切磋琢磨し合った。
ハルにできてゲイルに出来ない事があれば、ハルはできるようになるまでひたすら修練したし、ゲイルにできてハルに出来ない事があれば、ゲイルはできるようになるまでひたすら修練した。そういう仲だった。
ゲイルは置いて行かれた事を怒るだろうか。頭の中で浮かんだゲイルは、とても悲しい顔をしていた。
ハルは何度も謝った。しかし二、三度目辺りでゲイルは「もういいから」というように微笑んだようだった。
そういうやつだった。と考えると、ふとハルの頬に涙がつたった。
急にハルは悲しくなった。
一時前はゲイルが撃たれたことに怒り、そして次は自分だという事に恐怖し、そして今はゲイルはもういないという現実を突きつけられ、悲しくなった。
ハルの感情はもうごちゃごちゃだった。心身共に疲弊し、なにを考えるのも億劫だった。
しかしハルの眼前に現れた光景によって、強制的に思考を回転させるに道は他ならなくなってしまった。
ただただ広大な大地だっただけの今までの風景は、少し変わっていた。
何かが刺さっていたのだ。
地面に何かが刺さっている。それも沢山。
ハルは更に近づいた。
人の手足だ、とハルは推測した。が、それは半分当たりでもう半分は不正解だった。
確かに人の手足や、その他体のパーツが転がっていたりした。
しかしそれらは少数だった。
大半の手足や転がっていた胴などは、明らかに人間のそれでは無かった──。
「なぁ。知ってるか?」
「何をだよ?」
共和国軍の四十代くらいの兵士が、隣の髭の濃い兵士に話しかけた。
「戦争に人間は必要なくなる、って話だよ」
「……なんだと? 夢でもみてるんじゃないか?」
髭の濃い兵士は、それはありえない話だと言うように、突っ慳貪にあしらった。
「まあ、俺も最初聞いた時は、お前と同じ返事をした」
「へぇ。んで、なんの根拠があってそんな事を?」
髭の濃い兵士は、少し興味を持ったようだった。
「最近のこの国の科学的な進歩は目覚ましい事は知ってるだろ?」
「知らないな。俺は新聞は読まないんだ」
「そうか。まあ、凄いんだよ、最近の科学ってやつは」
「科学がなにかしたのか?」
「そうだ、科学だ。ロボットだよ。これからの時代は、ロボットが俺らの代わりを担ってくれるらしい! 配備はもうすぐ。すぐあとの奇襲作戦と同時に行われる、試験的な作戦で初めて配備されるらしい!」
四十代くらいの兵士は、多少興奮気味に説明をした。
「へぇ。なるほどな。もしそれが本当なら、ありがたい話だな。俺らは死なずに済み、家に帰れるってわけだ。俺は久々に女房と子供の顔が見てみたい。まあ子供の顔はまだ見た事がないが……」
「そうか……! この前言ってた子が産まれたか、おめでとう! 今度俺にも子供の顔を拝ませてな」
二人は笑っていた。
このすぐあと、二人の乗った車両は、作戦地域に入る途中の道で襲撃に遭い、砲撃によって爆破された。
ハルは思い出した。
確か二人の中年兵士が話していたことだ。
『人間の代わりに、ロボットが戦うようになる』
「そうすると、こいつらはロボット……なのか?」
だが、もうロボットというには、それらは原型を留めていない、無惨な姿だった。
殆どのロボットは、四肢が吹き飛んでいるか、体のそこら中に銃弾による風穴が空けられていた。
辺りには硝煙とオイルのような匂い、それに敵兵のものであろう血の匂いが混じり、充満し、鼻が曲がるそうな匂いとなっていた。
ハルはまだ動きそうなロボットが無いか探した。
戦場から勢い良く逃げ出してしまったために、ハル自身の回収を頼む無線機を忘れてしまったのだ。ロボットくらいなら、共和国軍との通信も可能だろう、と目論んでの行動だった。
「……あれ?」
ハルは損傷の少ない1体のロボットを見つけた。
が、ハルの目に留まった理由はそれだけではなかった。
美しかったのだ。
他のロボットたちと見比べても、天と地ほどの差があった。
周りに転がっているロボットたちは、一見少女のような姿を模しているが、よく見れば人間ではない事が分かる程度のものだった。
ただ、壁に凭れるように倒れるこのロボットは違かった。
短く切り揃えられた透き通るような銀髪、凛とした精悍な顔立ち、細々としているが力強さを感じる体躯、艶やかな肌。
どれをとっても美しかった。
そのロボットは、損傷が少ないと言っても、左腕の肘から下が引き千切られたように無くなっていた。
ただ一つだけ人間ではない、と分かるできる判断材料は、この千切れた腕から無数に延びるケーブルのようなものだけだろう。
「おい聞こえるか?」
正直どうして良いものか判断しかねていたハルは、ロボットに声をかけてみた。が、反応がない。
「おい、わかるか?」
今度は声を掛けながら肩を少しだけ揺すってみた。
「……再起動……完了。生命反応ヲ確認。……友軍ト判断」
「うわっ……!」
いきなりロボットから電子音声のようなものが発せられたため、ハルは驚き後ろへ仰け反った。
「ダメージヲ確認。……左腕ニ損傷アリ。本機体機能デハ修復不可能デス。損傷ノ修復ヲ提案シマス……」
ロボットは体をピクリとも動かさずに、音声を発している。
その外見とは真逆に感じるような、冷たく無機質な音声だったために、ハルは、これは非常時の用途などで使う音声なのだろう、と見て取った。
「なあ、無線でもなんでもいい。軍と連絡が取れるようなものは無いか?」
ハルはロボットに問いかけた。が、「損傷ノ修復ヲ提案シマス……」と、一定間隔で呟くだけで、何も答えてはくれなかった。
「弱ったなぁ……」
ハルがボソッと呟いた声に混じり、なにか別の音がハルの耳に届いた。
「……ヘリだ!」
ハルはヘリを見つけた途端、両腕が引き千切れんばかりに腕を振った。声は発さなかった。声を出したとしても、ヘリには届かないからだ。
ヘリはどんどん近づいて来て、やがてハルの側に着陸した。
「お前らはどうしてここにいるんだ、答えろ!」
助けが来て、安心しきっていたハルは、ヘリのパイロットからの突然の怒号に驚きながらも、半ば反射で答えた。
「エルリック班、第二部隊所属のハル・オールドリッジです! じ、自分は二日前に行われた奇襲作戦の生存者です!」
その声に、パイロットは少し目を細め、構えていた小銃を降ろした。
「そうか……。いや、すまなかった。まさかあの作戦の生存者がいたとは……。本部へ報告。生存者を二人確認、回収ののち帰投します」
言ってそのパイロットは、本部へ報告した。
二人……?と思ってロボットの左腕を視認すると、先程まで千切れていた腕が、何故か綺麗に元通りになっていた。
ハルは特に深くも考えず、凄い修復力だな……と感嘆しながら返事をした。
「いえ、発見していただき、ありがとうございます。それと……こんな事を聞くのは変かもしれないのですが、何故あなたはここに?」
「そうだな。まあ、見れば分かる通り、沢山の機械少女たちの残骸があるだろう。それを一部サンプルとして回収しに来たんだ」
言いながらそのパイロットは、一体の機械少女と呼ばれたそれの頭の残骸を掴み、ボックスに入れてヘリに放り込んだ。
「よし、任務は終わった。君たちを本部まで送り届けてやろう」
「ありがとうございます!」
ハルは、やっと助かった……と、感謝を込めてお礼を言った。
パイロットは「ああ、気にするなよ」と言いつつ、また本部へ報告していた。
やがて報告を終えたパイロットとハル、それに一体の機械少女はヘリに乗り込み(機械少女はハルに担ぎ込まれた)本部へと飛び立った。
憔悴し切ったハルはやがてヘリの揺れに身を委ね、睡魔に呑み込まれた。
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