第三十一話 再構築
「時間はかけない。一瞬で終わらせよう」
先に仕掛けたのは大男だった。
シルに向けて走り出し、繰り出されたのは右ストレート。その速度は何も変わってはいない。
(速さはもう慣れた。だが、これは……)
初めは目を見張った大男の速度だが、シルなら動体視力を魔力で強化してしまえば、反応することは容易い。
実際にシルは何の問題も無しに、ずっと持ったままだった戦斧で大男の拳を受け止める。
「先までの私と思うなよ!」
大男が追加で鉱物を摂取する前と唯一異なる点、それはその右腕を覆うおびただしい量の鉱物だ。
あくまで鉱物を纏っていた先刻とは違い、もはやその鉱物は大男の腕から生えている様にすら見える。
「その程度の武器で!」
「言ってくれるな。
竜の紋章の能力を発動する際の手順は三つ。
初めに具現化する物の形の決定、次に硬度の決定、そして最後に具現化に必要な魔力を消費することで能力は発動する。
この手順の内、一つ目と二つ目の手順を省略するために、具現化する物を事前に決定しておき、能力の発動速度を速めているのが
そして竜の紋章で具現化した既存物の形を変えることで、三つ目の手順を省略するのが
「一番は
手に持つ戦斧の硬度を力説するシルに対し、大男からの返答は変えては来なかった。代わりに返ってきたのは、たった今力説した戦斧、その刀身にヒビが入る音だった。
「――前言撤回しても?」
「好きにするといい。この先があると思うのなら」
「それじゃ遠慮なく。
戦斧が完全に砕かれるまでを待つはずはなく、シルは次の手を迅速に打った。
「何のつもりだ?」
砕けかけの戦斧は、一瞬で大男の視界を遮る壁へと姿を変えた。
だが所詮は壊れかけた戦斧の使い回し。このまま大男が拳を振りぬけば、容易くこの壁は破壊できる。
(その程度の事は向こうもわかっているはず。何かを仕込むための時間稼ぎの可能性が高いが、ここは一端様子を見るべきか)
シルの狙いが見えない以上、むやみに突っ込むのは危険と判断し、大男は背後に飛び退いた。
お互いに概ねの能力を知っているとはいえ、竜具を持っている相手に対し、安直な判断は命取りになりかねない。
実際にその判断は正しかった。
「――まあ退くよな。それが安定択だ」
シルは壁で視線を切りつつ、即座にその壁を飛び蹴りで蹴り抜いた。
竜の紋章の汎用性から、何かしらの策を講じるための時間稼ぎを匂わせながら、あえての単調な視覚外からの飛び蹴り。
仮に大男が壁の前で呆けたままであれば、反応できずに直撃していただろう。
「だが定石どおりはここまでだ」
壁を蹴り抜いたシルは、止まることなく大男に追撃を開始する。
「どこからでもかかってこ……い⁉」
迫りくるシルを迎え撃つべく本腰を入れ直した大男を初めに襲ったのは、シル自身ではなく空から降り注いだ一本の槍だった。
「いつの間に⁉」
大男は困惑の表情を浮かべながらも、即座に硬化した左手を掲げ防御の体勢を取った。
(壁で視線を切ったのは、俺に悟られないように槍を投げるためか……!)
シルが槍を投げたのは、間違いなく壁を作った時だろう。大男が運良く槍に気づかなければ、シルが何をするまでも無く大男は串刺しだったわけだ。
「気づかれたか。それなら次はこうだな」
大男が槍に気づいた事には大して驚きもせず、シルは冷静に次の策を実行した。
「
シルは再び
槍は一瞬で、両端に鉄球が付いた鎖へと形を変えた。
「――しまった⁉」
大男がシルの狙いに気づいたときには既に遅い。大男に鎖が命中し、鎖の両端に付いた鉄球が大男の体を周った事で、鎖は何重にも巻き付いていた。
(一瞬だけ槍に糸のようなものが結ばれているのが見えた。あれだけでも
大男の推測は正しい。
シルが語った
一見すれば、シルが遠隔で槍を再構築していたように見える。
しかし、シルが具現化した槍には細い糸が付けられており、その糸を握ることでシルは手元から離れた槍を再構築していた。
(竜の紋章の真価を十二分に発揮できる膨大な魔力。そして、その手数を活かした自由自在な戦闘を行う思考の速さと身体能力。竜具と使い手の能力が見事に嚙み合っている)
売り言葉に買い言葉で、数十秒前にはシルに対して期待外れだと大男は口にしたが、やはり憧れを簡単に捨てることはできない。
これまで数多の戦場で、大勢の実力者と手合わせをしてきた大男だが、初めて見たシルの戦闘は、今も脳裏に焼き付いて離れはしない。
(だが、これは……)
動きを封じられ立ち尽くす大男に構わず、シルは拳を振りかぶる。
「歯ぁ食いしばれよ。竜の紋章、十番」
シルが具現化したのは両手を覆う
その
「っ……!」
一撃でも喰らえば、常人なら彼方に吹き飛ぶ威力の打撃を、体の硬化のみで大男は耐え忍ぶ。
「――やはり違う。これは私の憧れたシル・ノースではない!」
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