竜の傭兵と猫の騎士

たぬぐん

序章

拭えぬ後悔、その始まり

 その日は雨が降っていた。


「もういいよ。シル君」


 傷だらけで地面に倒れているシルの体を、激しい雨粒が打ち付ける。


「シューネ……?」


「まさか本当に私がシル君の事、好きだと思ってたの? そんな必死になって、馬鹿みたい」


 体中の傷に雨粒が沁み、激痛がシルを襲ったが、シルにとってそんなものは何の苦痛にも値しなかった。シルの心を深く傷つけた原因は、目の前の恋人、シューネだ。

 シューネが放った言葉が、ではない。

 シューネの言葉が本心からのものでないことは、その表情を見れば明らかだ。


「もう、無駄なあがきは止めたら? 見苦しいよ」


 シルを見下ろすシューネの頬を伝う水滴が、雨粒だけでないことをわからないほどシルとシューネの関係は浅くはない。

 何よりその歪んだ表情が物語っている。シルへの暴言がシューネ自身をも傷つけていることを。

 だから、シルが絶望したのはシューネの言葉にではなく、シューネにそんな顔をさせてしまった自身の無力さにだ。


「二度と私の前に姿を現さないで。さあ、行きましょう」


 シルとおそろいの右耳のピアスを揺らし、振り返ってシューネは歩き出した。今しがた、シルを打ち倒した二人の男と共に。

 離れていく愛しい背中に、届くはずもないとわかっていながらも手を伸ばし、シルもまた涙を流した。


「くそっ……! またか、また繰り返したのか。俺は……」


 強くなれたと思った。もう二度と大切な人を失わないと誓ったはずだった。

「それがこの体たらくかよ……」


 また守れなかった。その事実がシルを絶望の淵へと叩き落とした。


「――ごめんね」


「――っ……!」


 そして、シューネが去り際に呟いた言葉が、さらにシルに無力感を植え付ける。

 銀色の髪が泥で汚れることも気にせず、シルは宙を切った腕を握りしめて背後に倒れ込んだ。

 もはや言葉は出ない。溢れてくるのは涙だけ。

 どうしようもない絶望と無力感だけが心を支配し、雨が降り止もうとシルの心が晴れることは無かった。


 これが一つの物語の終わり、そして次の物語の始まりであった。

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