第十話 二つ目の決闘
「誠に申し訳ないことをしました。私はビリー・トロフと申します。すぐに新しいものを用意しますので、どうか許して頂きたい」
シルに話しかけてきた男はビリーと名乗り、怒りに顔を真っ赤にするリナへの謝罪を口にした。
「そんな頭下げたぐらいで……、って団長!?」
「たかがブドウ酒一杯で頭まで下げる必要はありませんよ。ところで何か用があったのでは?」
謝罪されてなお収まらない怒りをあらわにするリナの口を無理やり塞ぎ、シルは話を本題へと戻した。むしろシルからすれば、リナのいたずらに付き合わせてしまった手前、こちらが謝罪したいほどだ。
「ありがとうございます。話と言いましても私からというわけではありません」
「と、言いますと?」
「はい、こちらの者がシル様に話があると」
ビリーがそう言うと背後から三人の騎士が現れた。
三人ともかなり若く見え、歳は二十も超えていないだろうことが伺える。
(見るからにプライド高そうな目。そして俺達への嫌悪を隠そうともしない。つまりそういう話ってことか)
三人の態度から彼らの目的は容易に想像することができた。
「シル・ノース。お楽しみのところ大変申し訳ないのだが、僕達はお前を認めてはいない」
三人の内、ちょうど真ん中の騎士――おそらくリーダー格だろうか――が発した言葉の内容は、ほぼ完全にシルの予想通りのものだった。
(騎士としてのプライド、いや良くも悪くも若さ故の無鉄砲と言うべきか。面倒くさいな)
当然あの決闘ですべての騎士が自分達を認めるとはシルも思ってはいないが、今この場で直接不満をぶつけてくる事までは想像していなかった。
こういう輩をけん制するためにジャックが決闘に名を挙げたというのに完全に無駄骨だ。
「認めないと言われましても、俺が決闘で勝利した事実は変わりませんが? それとも決闘のやり直しがお望みで?」
「その通りだ。ジャックさんは度重なる任務で疲労が溜まっていた。ベストな状態で戦えば、あの人が傭兵如きに後れを取るはずがない!」
(――こいつら、自分達の発言がジャック本人への侮辱だと理解してるのか? 本当に面倒だな。ちょうどぷりぷりしてるのがいるし、笑い話で終わらせるか)
要所で休憩は挟んでいるものの、濃厚な一日を過ごしたシルの体は、酒が入っていることもありふわふわのベッドを求め始めていた。必然その状態のシルが、真面目に騎士達の発言に対応するはずもない。
「お前達、いい加減にしないか。ビリー、ヴァイス、休暇から戻ってきたと思えば一体何を言い出すんだ」
「キルブライドさん、構いませんよ。ですが、今この場でやるわけにもいかないでしょう。ジャックはあの状態ですし、俺もそれなりに酒が入ってる」
キルブライドの言葉を遮り、シルが指差した先には、店主と抱き合って床で眠るジャックの姿があった。
「確かにそうだな。ならばどうする?」
「シル殿、あまり我が騎士団の恥を指差すのは止めていただけないか?」
ジャックから目を逸らす騎士、頭痛に額を抑えるキルブライド、予想内の各々の反応を受けシルは思いついた提案を口にした。
「決闘をやり直すにしても一応俺が勝ったわけなので、こちらの出す条件をクリアしたら決闘を後日やり直すのはどうでしょう?」
「――いいだろう。で? その条件とは何だ?」
シルの提案を聞いた三人は、話し合うでもなく一瞬の目配せで意思を通わせたようだった。
認めないなど言ったところで、騎士達はあくまでシルにお願いをしている立場。さらにそのお願いの内容も見方によっては、誇りを持って決闘に臨んだ二人への侮辱ですらある。
自分達が自分達が無茶を言っていると自覚しているからこそ、騎士達はシルの提案を受け入れるしかない。
「大したことではありませんよ。貴方達の誰かがこいつと戦って勝てばいいだけです」
「ふえ? 私でいいんですか?」
シルが対戦相手に選んだのは、まさか本人すら予期していなかった選出に戸惑いの声を漏らすリナだった。
「別に嫌なら強制はしないが……」
「ふざけるのも大概にするんだな。こんな子供と剣を合わせろと?」
シルの言葉を遮って、リーダー格の騎士が怒りをあらわにするのも無理はなかった。
どう見ても年端も行かぬ少女にしか見えないリナと勝負をしろとなど、騎士としてのプライドが許すはずもない。
「こんな少女を傭兵として連れ回すだけでも言語道断だが、更に戦闘を命じるとはどこまで性根が腐っているのか……」
「は? ちょっと待ってください。今なんて言いました? 団長への罵倒は、例え神が許そうと私が許しません!」
リーダー格の後ろの騎士が漏らしたシルへの悪口を、他ならぬリナが聞き逃すはずもなかった。
そして、この瞬間リナには戦うに十分な理由が生まれた。
「洗脳までしているのか? ますます度し難し……」
「ああ、どうやらこの幼気な少女のために僕達は戦わなければならないらしいな」
段々と冷めていくリナの瞳には一切気が付くこともなく、騎士達は己の役目を理解する。
(悪しき傭兵から少女を救い出す騎士か……。実にわかりやすい)
狙い通りにリナを激怒させた騎士達の心を見透かし、思い通りの状況にシルは内心でほくそ笑む。
誇りに自身の存在意義を見出す人間は、得てしてそれに酔いやすい。心理戦の駆け引きを得意とするシルにとって、その様な人間を掌で転がすことなど児戯に等しかった。
「よし。シル・ノース、貴様の挑戦受けて立とう。そして、僕が勝利した暁には、その少女を開放してもらうぞ‼」
「ふわぁ、はいはい。好きにしていいんでさっさと始めてくださいよ。眠くなってきたんで」
欠伸をしながら騎士の言葉を右から左に流すシルと比べ、冷酷な目をしたリナの心は穏やかではなかった。数刻前に初めて恋敵と話した時がここ最近で一番の怒りのピークだったが、この短期間でそれが更新されようとはリナも予想だにしていなかった。
(黙っていれば好き勝手なこと言ってくれますね……。絶対に殺す)
こうして本日第二の決闘の火蓋が切って落とされたのだった。
◆◆◆
「君は何の理由があってあの男に従っているんだ? もっと君に相応しい生き方があるんじゃないのか?」
酒場の中で暴れるわけにもいかないので、リナとリーダー格の騎士の二人はすっかり日が落ちて人の気配もなった酒場前の通りへと場所を移していた。
「いい加減にしてくださいね。これ以上団長の事を悪く言うのなら、ただのいざこざでは済みませんよ」
「やはり言葉では目を覚ますことは出来ないか。となれば、この手で君を直接救い出すしかないようだな」
騎士からすれば、というよりある程度の一般的な価値観があれば、傭兵団に少女が所属している事実に良いイメージを抱くはずがない。
一般的な価値観に照らし合わせれば、騎士の行動は正しい。しかし、その正しさはリナにとっては最も許し難い悪だった。
「本当に口の減らない……‼ もういいです。二度とその減らず口を叩けないようにしてあげますよ」
リナからシルを奪うことは、例えるなら魚から水を奪うようなものだ。
名前も、生きる理由も、竜具以外のすべてをリナはシルからもらった。それを奪おうなど到底受け入れられるわけがない。
「二人ともそこまでだ。始めるぞ」
売り言葉に買い言葉で口論を続ける二人を、今回も立会人を申し出たキルブライドが窘めた。
キルブライドの言葉を聞いてピタリと口論を止めた二人を見て、シルは思わず感嘆の声を漏らした。
「おお……、実にお見事。そちらの人は知りませんが、リナが素直に人の言うことを聞くのは珍しいですよ」
「役に立てて何よりだ。それよりシル殿、あれを」
キルブライドにもそろそろシルの茶番に付き合う余裕はない様子だ。適当に返事をして、シルに事前に取り決めたものを用意するように促した。
「了解です」
キルブライドに返事をするとシルは竜の紋章を発動し、両手に紋章を浮かび上がらせた。
「――よいしょ」
紋章が出現して一秒も経たず、シルの両手には二本の木剣が具現化された。
「お好きな方どうぞ」
具現化した木剣を決闘を行う両者の間に放り投げ、不正を疑われないように騎士に先に取るように言葉をかけた。
「本当に何の細工もしていないのだろうな?」
「必要ありませんので」
シルの自信満々の発言を多少訝しながらも、騎士は適当に選んだ木剣を手に取って元の場所へ戻った。
決闘を行うにあたり二人の所持する武器でそのまま決闘を行うわけにもいかない――リナにいたっては竜具である――ので、先の決闘同様に木剣が必要となる。
もちろんそんなものがちょうどよく酒場にあるわけでもないので、シルが竜具を使用することとなった。
「二人とも準備はいいか?」
リナが騎士に続いて木剣を取ったことを確認し、キルブライドは二人に最後の確認を行う。
「それでは、始め!」
軽く頷いた二人の態度を了承とみなし、近所迷惑にならない声量でキルブライドは決闘の開始を宣言した。
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