第三話 聖女
「シル……さ……本……当……今回……助か……した……」
「え? 何ですか?」
「今……かり……ま……た」
「わかりました。任せて下さい」
「団長、聞き取れてなのに適当に返事しないで下さい」
破竜との戦闘から数十分、シル達は重傷を負ったローランを連れて、シグルズ騎士団の野営地へと移動していた。
破竜の強烈な一撃をもろにくらい、見るからに瀕死のローランだったが、野営地到着後、治療を申し出た女騎士に任せたあとには、少しは喋れるほどには回復した。
その回復を見届けながらも、聞き取りづらいローランの言葉を聞き流そうとするシルにリナが冷静に指摘を入れた。
「そんなことないとも。『私が死んだら、誰にも言わずにベッドの下の本を焼き捨てて下さい』だろ?」
「いや……さすがにそれはないでしょう」
「は? 男が残す遺言が他に何がある?」
「十分他にもあると思いますけど……。きっとそんな事ではなくて『そちらの美しい方は奥様ですか?』ですよ」
シルの偏見にさすがにリナも苦言を呈す。さりげなく自分の欲望を混ぜながら。
「それはないだろ」
「なんで即否定するんですか⁉」
怪我人を尻目に軽い会話を繰り広げる二人。
その会話を気まずそうに聞いている人物がローラン以外にもう一人居た。
「――えっと、クレアさん……でしたか? 治癒系の固有魔力とは珍しいですね」
シルはローランの傍で治療に当たっていた女騎士に語り掛けた。
固有魔力は生まれつき誰もが持ち、身体強化等に使われる通常の魔力とは違い、数十人に一人が持って生まれる特別な能力だ。
固有魔力の種類は多彩だが、その中でも他者を治療する固有魔力は極めて珍しい。重症だったローランがすぐに話せるまで回復したのも彼女の能力のおかげだ。
「対象の魔力をそのまま治癒力に変換する能力です。他に何も取り柄のない私ですが、この能力のおかげでなんとかこの騎士団の力になれています」
突然の破竜との遭遇だったため、野営地と言っても天幕などはほとんど無く、破竜との戦闘での負傷者が草原の上に横たわっている。そして、その周りを他の団員が治療をして回っている。
「それにしても、急な戦闘だったにしてはかなり被害は最小限に済んでいるのですね」
「はい、破竜の能力が死に直結するものではなかったので。そしてなによりも皆さまの迅速な救援のおかげです。本当にありがとうございました」
リナの疑問にクレアが礼を最後に付け加えて答える。実際破竜と何の準備も無しに遭遇すれば、生存者が一桁いれば多い方だ。
「気にすることはありませんよ。俺達は傭兵です。報酬さえもらえれば他には何もいりません」
「もちろん報酬はしっかりとお支払いします。負傷者の治療が終わった後、夜が明け次第、王都に戻る予定なので、報酬内容はその時に」
「了解です。期待させていただきましょう」
報酬が確実に支払われることを確信し、傭兵としての話の本題を終えたシルは、次にシル個人としての本題に入る。
「――ああ、ところで聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」
「ええ……わたしに答えられる事なら何でもお答えします」
突然の質問にクレアは若干戸惑った様子だが、シルは構わずに彼にとっての本懐を口にする。
「雪の様に真っ白な髪の色をした猫の獣人を知りませんか?」
「白髪で猫の獣人ですか? それはもしかして……」
クレアが何か思い当たる事がある様子でシルの質問に答えようとした。その時、
「失礼します‼ クレア様、やせ我慢で動き回って傷が開いた間抜けが出ました。申し訳ないのですが、もう一度治療をお願いします……」
こちらに駆け寄ってきた騎士の呼びかけによって、クレアの返答はさえぎられた。
「何してくれやがってるんですか⁉ バカを治す方法は私も知りませんよ‼」
これまでおとぎ話に出てくる慈悲深き聖女の様な雰囲気を纏っていたクレアだったが、さすがに治療を無駄にした愚か者にかける慈愛の心までは持ち合わせていなかったようだ。
「非常事態ですか? ならば俺達は出直すと……」
「いえ、ちょうどいいのでお二人の内、魔力が高い方に同行願えますか? おそらく治療のための魔力が足りないと思うので」
とても話を続けられない雰囲気にシルが仕切り直そうとする前に、それより速くクレアが別の提案をする。
「では俺が行きましょう。しかし、同行するのは構いませんが……あなたの固有魔力は治療される者の魔力を治癒力に変換するのですよね? まさかとは思いますが……」
シルの疑問はもっともだった。クレア本人から聞いた彼女の能力の詳細が確かなら、治療される本人が魔力を持っていなければ意味がない。
そこに魔力をもった他者を連れて行ったところで治療には全く影響が無いはず。それにもかかわらず同行を願ったとなると、思い当たる理由はそう多くない。
「さすがはシル様です。ですがその答え合わせは、実際にその目で見られた方が良いかと」
「ではそうさせていただきましょう。リナは3人の所に戻っててくれ」
同行が自分一人で事足りる事を悟り、シルはリナに他の団員と休んでいるよう促した。
特に反対する理由もないリナは、シルの言葉に素直に従いながらも、隙を見てからかうことを忘れない。
「わかりました。私がいないからって寂しくて泣いちゃだめですよ?」
「はいはい。さっさと行ってくれ」
「だからなんでそんな塩対応なんですか!」
リナのからかいをものともせず、シルとクレアは早々にその場を後にしたのだった。
◆◆◆
「ああああああああ! いっっってぇぇぇ‼」
クレアと共に歩くこと数分。シル達は叫び声を上げる小さな天幕の前に到着した。
「なかなか元気そうですね。もう少し散歩でもしてきましょうか」
「クレアさん、お気持ちは理解できますが、そういう訳にもいかないでしょう……」
実際に悲鳴を聞いて怒りが再燃したのか、笑顔でとんでもないことを言い出すクレアにシルは苦笑いで返した。
「もちろん冗談ですよ。さあ、入りましょうか」
天幕の中に入ると、そこに居たのは、簡素なベッドに寝かせられた叫び声の主に加えてもう一人。先刻破竜にとどめを刺し、シル達を救ってくれた騎士だった。
外套のフードを深く被っているため外見では断定できないが、その上品な佇まいの中に微かに感じる確かな強者の風格は、数時間前に破竜にとどめを刺した時に感じたそれだ。
その騎士が、クレアの後に天幕に入ってきたシルの顔を見て、確かに一瞬身をこわばらせたのをシルは見逃さなかった。一度顔を合わせているにしては妙なその態度を追求しようとするシルだったが、状況がそれを許さなかった。
「痛ててててて、クレア様すみません! 殺さないで下さい!」
呻いている騎士は、大きな外傷は見られず、腹の辺りを押さえているので、恐らくは骨が何本か折れているのだろう。などとシルが考えながらクレアの方を見ると、そこには冷たい笑顔が張り付いていた。
寝かされている騎士の腹を、指でぐりぐり押しながら浮かべているクレアの笑顔は、同じ笑顔でも数分前の聖女スマイルとは全くかけ離れたものだった。
「うるさいですよ? 心配しなくてもその傷なら、私が手を下すまでもなく死にますよ。つまりあなたの生死は私次第です。口の利き方には気を付けて下さいね?」
「まあまあ、クレアちゃん。トニー君もクレアちゃんの治療を台無しにしようとしたわけじゃないの。ただ、今回の戦いであんまり活躍できなかったから、強くなりたいって気持ちが先走っちゃっただけなの」
クレアの怒りを遂に見かね、外套の騎士が静止に入る。
実際止めに入らなければ――トニーという名前らしい――騎士が息絶えるまで、クレアは腹をつついていたかもしれない。
「だから、ここは私の顔に免じて許してもらえないかな?」
「むむむ……、副団長がそこまで言うなら今回は許すことにします。そこの阿呆が日々研鑽を積んでいるのは、私も知っていますしね。直ぐに体を動かしたくなる気持ちも理解できます」
「うん、ありがと。クレアちゃん」
数分前からずっと冷気を孕んだ笑顔を浮かべていたクレアの雰囲気が、副団長と判明した外套の騎士の説得によって多少緩み、天幕内のピリピリした空気がようやく緩んだ。
しかし、その緩んだ空気の中でもクレアは釘を刺すのを忘れない。
「でも一つだげ覚えておいて下さい。今回は許すとは言いましたが……、もしまた同じ過ちをあなたが犯した時には、その今にも千切れそうな腕を股間にでも付け替えますからね? わかりましたか?」
「はい……心に刻んでおきます……」
その返事を聞いて、ようやくクレアは聖女の様な柔らかい笑顔を浮かべた。
「それでは茶番はこの辺りにして、治療を始めましょうか」
「あ、終わりましたか? それで、俺は何をすればいいのですか?」
ようやく会話に一息ついたのを見計らい、シルはすかさず口を挟む。
茶番と評するにはなかなか悪くない一幕だったが、シルもそろそろ自分が呼ばれた理由が知りたい。
「お待たせしました。ええと、シル様はそこでじっとしていていただけますか? はい! それでは副団長お願いします!」
どんな無茶を要求されるのかと身構えていたシルは、意外なクレアの発言に多少気が抜ける。故に、背後から振り下ろされたそれへの対応が遅れた。
「はーい! それじゃあじっとしてて下さいね――――えい!」
シルが返事の方を振り向いたその瞬間、シルの体に外套の騎士が握った大鎌が振り下ろされた。
先刻の餓食戦、首を落とし、とどめを刺したのが、突如落下してきたその大鎌であったことは記憶に新しい。
そんなもので真っ二つにされて無事で済むはずはない。が、それはその大鎌が普通の大鎌であった時の話である。
「――え? うぉぉぉぉ!! 急に何を……ってあれ?」
シルが突然の蛮行に驚いたのは一瞬、大鎌が通った軌跡には、傷一つも付いてはいなかった。
しかし、切りつけられた後に変化したように感じる点が一つだけある。
「驚きましたか? 副団長の鎌は、切りつけた人の魔力を奪えるんです。」
シルが魔力の減少に気付くと同時、クレアがシルの疑問を確信に変える。シルの魔力が微量ながら減少していたのだ。
同行をクレアに求められた時に、シルの有り余った魔力とクレアの固有魔力を用いて、治療を行うことは予想していた。そのために、魔力提供を求められることもだ。
だが、まさか背後から突然切りつけられるとは、シルも予測していなかった。
「死んだかと思いましたよ! ですが、なるほど……察するに副団長殿は、魔力を奪うだけでなく、与えることもできるのではないですか?」
一時は取り乱したシルであったが、すぐに平常心を取り戻し、推測した外套の騎士の能力について言及する。
「あら、そこまで言い当てられるなんて……たしかに私の鎌は魔力の譲渡も可能です。では、答え合わせがてら実演を――形態変化【施しの大鎌】」
外套の騎士がそう呟いた瞬間、およそ人一人の身の丈程はあるだろう大鎌の柄はそのままに、刃だけが短く縮んだ。柄の長さに釣り合った巨大な刃から一転、農業に使う通常の鎌と変わらない刃の長さへと変化したのだ。
「複数の能力? これはまさか……」
シルの独り言には耳を貸さず、外套の騎士は迷う素振りを見せずに次の行動を起こした。
「ではちょっと失礼して……せいや!」
可愛げな掛け声とは裏腹に、トニーの胸に変化した鎌が突き立てられる。
刺された場所が淡く光り、シルの魔力はトニーに無事移されたらしい。
「ご苦労様です副団長。それではパッパッと終わらせましょうか。後は私に任せて下さい。ごシル様も協力ありがとうございました。」
「うん。じゃあ後はよろしくね、クレアちゃん。」
「礼には及びませんよ。では俺もこれで失礼します」
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