第12話 愛のない求婚
コンコンコンっと、軽やかな音が控室に響いた。普段ならこういう時は従者が開けてくれるものだけど、今はとっても嬉しい事にこの場には私とシャーロット様しか居ない。
身分が下な私が行くべきかなと思ったけど、『足を怪我しているのだから座っていなさい、命令です』と言われソファーに押し戻されてしまった。シャーロット様優しい、好き!!
「どなたですの?」
「私だよシャーロット、少しいいかな?」
廊下から返ってきたのはライアン王子の声だった。シャーロット様が許可を出し扉を開くと、顔を出したライアン王子と目線が重なる。
「やぁミーシャ嬢、足は大丈夫かい?」
「はい、お陰様で少し休めば大丈夫そうです!」
「そう、それは良かった。じゃあご歓談中悪いけど、少し失礼するよ。まぁ…………」
パチン、とライアン王子が指を鳴らした途端、盛大に開いた扉の向こうから縄で縛られたご令嬢達が中に倒れ込んできた。
「本当に失礼だったのは彼女達だろうけれどね?」
「何をなさいますのライアン殿下!わたくし達が何をしたと言うのですか!」
「そうですわ殿下、いくら王太子といえ無実の令嬢を捕縛してこのような仕打ち、あんまりではありませんの!」
縛られて床に転がされてるのに元気だなぁ。
そうぽかんとなる私とシャーロット様を他所に、ライアン王子がニッコリと笑みを浮かべる。この顔見覚えあるぞ……。腹黒王子が怒りを誤魔化す時のお馴染みアルカイックスマイルだ!
「これはこれは、面白い事を言うね。君達が無実か否かは二人が証明してくれるのではないかな。ねぇミーシャ嬢、シャーロット、彼女達に見覚えはないかい?」
「以前私がライアン様に付き纏ってるって有り得ない勘違いして倉庫に閉じ込めてきた皆様ですね!」
私の即答にシャーロット様が頷き、ライアン王子もそうだよねと苦笑を浮かべる。そもそも仮にもまだ貴族である子達にこんな真似をしてるってことはちゃんと悪事の証拠抑えてからやってるに決まってるし、最後の駄目押しとして被害者である私達に顔を確認させたんだろう。
「貴方……っ、下級貴族の庶子の分際で調子に乗らないで頂戴!このわたくしを誰だとお思い?わたくしの実家は侯爵家、わたくし自身もライアン殿下の筆頭婚約者候補にもなったことがあるのですわよ!そんなわたくしが貴方のような猪娘ひとり罵倒したからどうだと言うの?むしろ身の程を教えて差し上げたのだから感謝して頂きたいわ!」
早口に捲し立てオーホッホッと高笑いで締めたその見事な悪役令嬢っぷりに寧ろ拍手したくなった。模範解答レベルの自爆、ありがとうございます。
「……調子に乗っているのは貴女方ではなくて?まさかライアン殿下が貴女方が舞台にした細工についてご存知でないとお思いなのかしら」
いつもよりぐっと低めの声音で呟いたシャーロット様が、同意を求めるようにライアン王子を見る。
「まぁ、と言うわけだ。彼女達は今日のリハーサルの際にミーシャ嬢の足場だけが崩れるよう細工をしていた様でね。そこから色々調べたらまぁ色々余罪が出てくるものだから、致し方なく拘束させて貰ったんだよ」
「……っ!ですが、わたくし達と猪娘では身分が」
「“身分”と言うのなら、君たちは次期王太子妃候補であり現公爵令嬢であるシャーロットに嫌がらせをしていた件をどう弁明するつもりなのかな?」
ビクッと肩を震わせた令嬢達は、それでも負けじと騒ぎ立てる。その喧騒の中、チッと誰かの舌打ちの音がした。
「……いい加減にしたらどうなんだ。悪あがきなんて見苦しいだけだよ。僕にしてた些細な嫌がらせだけなら見逃してやったのに……馬鹿な女」
『僕等のお気に入りに手を出した事を精々後悔するが良い』
解いた髪を無造作にかき上げたシャーロット様の鋭い眼差しに射抜かれ、令嬢軍団が見る間に大人しくなる。びっくりしたに違いない。今のシャーロット様はお化粧も落としてるし、衣装は脱いだものの簡素なシャツとパンツ姿、その格好で怒りに燃えた激低イケボと来たらもう男性にしか見えません。大変美味しいです録音して繰り返し聞きたい。
なーんて萌えてる間に悪役令嬢軍団はライアン王子の管轄の騎士団に持ち上げられ、あっという間にドナドナされて行った。
「やれやれ、ようやく静かになったね。彼女達はこのまま貴族の身分を剥奪され学園も退学になるだろう。安心して欲しい」
「ありがとうございます、お手数掛けてすみません」
「良いんだよ。彼女達の生家にはそれぞれ色々と黒い面があってね、長らくいつ裁こうかと機を伺っていたんだ。そこに娘たちの犯罪級の苛め行為はいいきっかけになったよ。ありがとう」
この笑顔は本心だろうか。うーん、わからない。
でもまぁ、私だけじゃなくこれでシャーロット様も嫌がらせされなくなるならいっか!……で、一件落着したのに何でシャーロット様は暗い顔してるの?
「……とは言え、どうするおつもりですの?彼女達が居なくなれば貴方の婚約問題による諍いがまた……」
「だからここに来たんじゃないか」
にこっと笑ったライアン王子がベッドの脇までやって来て私の前で膝をついた。何だ何だと思っていると、実に慣れた手付きで右手を取られその甲に口付を落とされる。
「ミーシャ嬢、私の婚約者になってくれないかい?」
まさかのプロポーズに場の空気が固まる。とりあえず私はライアン王子から自分の手を取り返し、口付られた場所をタオルでゴシゴシした。
「お断りします、私ライアン王子のこと全然好みじゃないので」
「……、君のそう言う馬鹿正直な所嫌いじゃないよ」
「そうだとしても関係ないですね。現婚約者(シャーロット)の前で他の女にかまける浮気男なんか論外です!」
べーっと舌を出してやるとシャーロット様は青ざめ、逆にライアン王子は顔を真っ赤にして爆笑した。そんな心配しないで大丈夫ですよシャーロット様。私を被害者にした罪で令嬢軍団を裁いた今、すぐに私を不敬だなんだと捕えるような真似は出来ないでしょうから。
「あっはははははっ、いやぁ本当、君には毎回楽しませて貰っているよミーシャ嬢」
「私はなーんにも面白く無いんですけど!大体何で私なんです?シャーロット様がいらっしゃるじゃないですか」
「実はここだけの話、私とシャーロットは正式な婚約者ではなくてね」
そうなの!?目を見開いた私にシャーロット様が頷く。
話をまとめるとこうだ。ライアン王子には小さい頃、相思相愛の婚約者がいた。しかしその子が病で亡くなってしまい、悲しむライアン王子を他の貴族達から護らなければならなくなってしまった。そこで王家からの信頼が厚いハワード公爵家に、防波堤代わりの偽の婚約者を出させたそうだ。
「しかし実際は僕らは恋仲ではないし、そもそも政治のバランス的にハワード公爵家と王家での婚姻は悪手。だから私はこの学園を卒業するまでに、他の婚約者を見つける必要があった」
しかし、その候補だったほとんどの令嬢は今、他ならないライアン王子の手で捕らえられてしまった。有力候補が全滅した今、次に起きるのは勢力争いだ。しかし王家は今の安定してる政治バランスを乱したくない、だから王妃はむしろ、非力な方が都合がいい。
「つまり……一番身分的にも中途半端で派閥にも組み込まれてない私は都合が良いから、勢力争いが起きる前に防波堤になれって訳ですか?」
そう言う事になるね、と王子は笑うけど冗談じゃない!誰が受けるかそんな失礼な話!!
「断固として拒否します!」
「はは、そう言うと思った。でも残念。既に君のお父様には許可を頂いてしまったんだよね」
そう言って渡された羊皮紙には、確かにライアン王子と私の婚約を認める旨とお父様のサインが。あの馬鹿父が!!
「……ライアン、いくらなんでも強引すぎやしないか」
ぽそっと呟いたシャーロット様に同意して私も全力で頷く。ライアン王子は面白そうに笑いながら、羊皮紙を頑丈そうな紙筒にしまった。
「まあこちらも唐突な自覚はあるし多少の反発は予想していたよ。だったらこうしようか。私達の婚約が正式に受理されるのは私達の卒業の後。だから……」
「「だから?」」
「それまでにミーシャ嬢が別の婚約者を見つけることが出来れば、この話は無かったことにしよう。期日は君が学園を卒業する式の日まで。どうだい?」
「っていやいやいや、今もう一年生終盤ですよ!?私はぽっと出の成り上がり貴族だから人脈だってないし、あと2年ぽっちでそんな無茶な!」
「なら潔く諦めるかい?」
「うぐぅ……っ!」
なんて無茶苦茶なんだ腹黒王子!でもこの人の有言実行さは散々ゲームで見てきた、逃げ切れる訳ない。
「わかりました、今のお言葉忘れないで下さいよ!」
「ふふ、もちろんだとも。楽しみにしているよ、ミーシャ嬢」
私だって腐っても乙女ゲームヒロイン!やってやりましょう、
「あっ、婚約者って女の子でも良いですか!?」
「駄目です」
今日一番の美しい笑みで一蹴されました。
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