第39話 傭兵と悪役令嬢 国葬に出る

「マルゲリータ様……マルゲリータ様……あなたはどこへおられるのですか……?」


 辺境伯の屋敷の座敷牢に国王陛下は幽閉ゆうへいされていた。相変わらず口から出るのはマルゲリータの事ばかり。そこの粗末なベッドに無理やり横にさせて俺は解呪の魔法を唱える。


「光の精霊よ、我が言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは魔を打ち払う加護。邪悪な力を打ち払う聖なる力……」

(光の精霊よ、我が語りに目を傾けたまえ。我が望むは魔を打ち払う加護。邪悪な力を打ち払う聖なる力……)


 周りにはエレアノールに辺境伯殿に王妃とマイク第2王子というそうそうたるメンツがそろっているためか、緊張して口が渇くような感覚がするが何とか呪文を唱え続ける。


「魔を払い、清めたまえ!」

(魔を払い、清めたまえ!)


≪ディスペル!≫


 国王陛下の身体が光に包まれる。しばらく光った後光は消えた。


「……? ここはどこだ? それにどうした? 皆そんな心配そうな顔をして」


 どうやら正気に戻ったようだ。




「!? 何!? ラピスが!? そんな……」

「陛下は悪い夢を見てたんですよ。長い間悪い夢を見てただけです」

「……ラピスを失ったことも悪い夢であって欲しかったんだがな」


 ただ、どこに出しても恥ずかしくないほど立派な息子だったラピスを失った事は大きく、まさに「胸にポッカリと穴が開いたように」という表現がぴったり当てはまる位にえてしまった。

 こればっかりは俺にも魔法にもどうしようもない。「時薬ときぐすり」などと言われる時間の流れでも傷が癒えるかどうかは正直言って分からない。


「ドートリッシュさん。この度は本当にありがとうございました。夫を救ってくれて誠に感謝しています」

「私はあくまで陛下のために忠義を尽くしたまでです。特別なことなど何もしていません」

「私はこのことを生涯忘れることはありません。本当に、本当にありがとうございました。では失礼します」


 王家の面々が馬車でドートリッシュ家の屋敷から王都までの帰路に着いたのを見届けた後、エレアノールは心配そうに俺を見つめながら声をかけてくる。


「国王陛下……大丈夫かな?」

「俺が出来ることは全部やりました。あとは陛下次第ですな。これ以上は俺にはどうすることもできやしません」


 俺は正直に述べる。ここから先は俺にはどうしようもないし、できない。全ては、陛下次第だからだ。




 それから数日後、その日は国中が喪に服した。内乱で戦死したラピス王子の国葬が行われていたからだ。

 遺体はすでに火葬済みで、骨だけになった彼の身体が棺桶の中に納められていた。おそらくはイザベラによる身体改造で醜く膨れ上がった身体を衆前にさらしたくはないという国王の要望がまれたのだろう。

 まずは遺族並びに親交の深かった貴族たちの間で葬儀が行われた。この辺りでは最高位の位を持つ聖職者の手により魂の弔いを表す言葉が紡がれ、俺たちもそれに続いた。

 そんな中エレアノールは、自分の婚約者が死んだというのに涙一つ流さなかった。終始うつむいてはいたものの、彼女のハンカチが濡れることはついぞなかった。


「ねぇコーネリアス、私の涙は枯れちゃったのかな? なぜか悲しい気分になれないの。婚約者が死んだっていうのに涙の一つ出てこないの。おかしくなってるのかな、私」

「俺に聞かれても困ります。あまりにも悲しすぎて涙すら出ないとかそういう話じゃないんですか? あるいはあまりにも突然すぎて体や心がついてこれない、とか」


 婚約者が死んだというのに涙も出ないし悲しい気分にもなれない……まぁ、それもある意味悲しいことだろう。

 おそらくあまりにもショックで感覚がマヒしているのかもしれない。俺は今までにそれほどまでに感情を揺さぶられる出来事に会った事が無いから想像するしかないのだが。




 やがて葬儀は終わり、ラピス王子にお別れを告げるために参列する一般国民の列の前に遺体の入った棺が公開され、国民たちが続々と押し寄せた。

 現国王は善政を施しており彼はもちろんの事、その流れを強く汲む息子であるラピスもまた国民から大いに敬愛されていた。そのためか多くの国民が若くして逝った彼に涙を流していたという。


 ……マルゲリータとイザベラの奴らめ、改めてとんでもない事をしでかしやがったな。元勇者様のアイツだけでなく、本当に何の罪もない王侯貴族を巻き添えにして死にやがって。

 2人とももうすでに死んでしまったため、死体に鞭打つようで酷かもしれんがそれほどあいつらの犯した罪は重い。個人的には火あぶりによる死刑ですら生ぬるい罰とさえ言えるほどに。


「ねえコーネリアス。死んだ人ってのこされた人が自分の事で苦しむのを見てるとやっぱり悲しくなるものなのかな?」


 ラピス王子の遺体へと続く国民の列を見てエレアノールは不意に言う。


「……俺には分りません。今までに死んだ人間に会ったことはありませんので。ただ……」

「ただ?」

「ただ、死んでしまったものはもうどうしようもないので彼らの分まで生きることが、彼らにとっても幸せなんじゃないのでしょうか?

 生き残った人間は死んだ人間の分も背負って生きないと、なんのために死んだのかわからなくなるってのもあるでしょうな。

 先輩の傭兵からはよく「死んだ奴の分まで生きろ、死んだ意味があることにしろ、死んだ奴を無駄死にさせるな」と言われてましたな」


 俺みたいな戦場に出る傭兵にとっては、毎日が命のやり取りの繰り返しだ。

 並の人間よりはずっと多く、人が目の前で死ぬ光景を見続けている。そんな俺が言うのなら、ある程度は説得力はあるだろう……大半は先輩傭兵の受け売りだが。


「私が幸せになれば、ラピスは喜ぶのかな?」

「ラピス王子の分まで生きれば多分そうなんじゃないんでしょうか? あくまで憶測にすぎませんがね」

「ありがとうコーネリアス。少しだけつっかえが取れたかもしれない」

「俺でよければいくらでも力になりますよ」


 エレアノールの抱えていたものが少しは軽くなったようだ。今日はこれで良しという事にしておくか。




【次回予告】


彼女は夢を見ている。だが、彼は現実を見ている。


第40話 「傭兵と悪役令嬢 互いを思う」

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