第21話 傭兵と悪役令嬢、ストライフ伯爵を訪ねる

 ドートリッシュ家の馬車に俺とアンドリューとエレアノールが乗り込んでいた。行先はストライフ伯爵の領地。

 おそらくは完全にマルゲリータの支配下に置かれているであろう彼を「もしも」救えたら、強力な味方になるかもしれない。

 そんなダメ元の気配濃厚で淡い期待を込めての事だった。


「お嬢様。火中に飛び込む羽目になりますが承知の上でしょうか?」

「構わないわ。アンドリューとあなたが守ってくれると思うから。それに私も護身術程度なら身に着けているし」

「お嬢様、本当にやるんですか? そりゃ命令とあらば従いますけどもしもばれたらえらい目に遭いますよ?」

「そのためにあなたアンドリューとコーネリアスを呼んだのよ。あなたたちプロなんでしょ? 失敗しなければ大丈夫。ばれることは無いと思うわ」

「は、はぁ。そうですか……」


 今回訪ねるストライフ家はイラーリオ家とは古くから親交が深く、現当主の伯爵と子爵も身分の差を超えた深い付き合いをしているのだそうだ。

 実際、伯爵も子爵の元にマルゲリータが産まれたころから彼女を我が娘のようにかわいがっているという。そこを突かれて洗脳されたのだろう。

 俺たちはその洗脳を解くために乗り込んだのだ。




「エレアノール様ですね。伯爵様からお話はお伺いしています。どうぞこちらへ」


 屋敷にたどり着くとメイドに連れられ伯爵の部屋へと通される。 中には王国一の美男子とも噂されるほど整った顔立ち、だがいつも仏頂面の男、ストライフ伯爵がいた。

 彼の部屋で俺とアンドリューとエレアノール、そして伯爵の4人だけになるのを見計らって行動に移す。


「エレアノール様、今回はどのようなご用件で?」

「ちょっと失礼」


 俺は一言断ってから、ストライフ伯爵のみぞおちにキッツイ一撃を叩き込むと同時にアンドリューが首に手刀で当て身を打つ。思った通り彼は気絶しその場に倒れる。

 完全に気を失ったのを確認して俺は彼をベッドに寝かせてアンドリュー相手にやったことと同じように彼を診断する。


「うわぁ……こりゃ重症だな」


 呪いとでも言えるマルゲリータの魔力を極めて強く感じる。正直言って、俺の魔力では完全に祓うことはできないだろう。


「重症って、そんなにひどいの?」

「ええ。ここまで浸食されたら杖などの専用の触媒を使って清めの魔力を増幅させでもしない限り完全に祓うのは不可能ですな。一応俺が出来るだけの魔力で祓いますが、おそらくは焼け石に水でしょうな」


 俺は呪文の詠唱を始める。


「光の精霊よ、我が言葉に耳を傾けたまえ。我が望むは魔を打ち払う加護。邪悪な力を打ち払う聖なる力。魔を払い、清めたまえ!」

(光の精霊よ、我が語りに目を傾けたまえ。我が望むは魔を打ち払う加護。邪悪な力を打ち払う聖なる力。魔を払い、清めたまえ!)


≪ディスペル!≫


 ストライフ伯爵の身体が淡い光に包まれ、しばらくすると消えた。


「……ふぅ。こんなもんか」

「コーネリアス、どんな感じ?」

「一応やれることは全部やりましたけど完全には祓えていませんね。再び洗脳されるのは時間の問題でしょう」


 施術は終わった。あとは目覚めてからの反応次第だ。




「うう……」


 しばらく経って、ストライフ伯爵は目を覚ます。


「?? エレアノール様、さっき何をなされたんですか?」

「何……と言われても特に何もしていないけど? 気のせいなんじゃないの?」

「そうですか……」


 今一つ納得のいかない顔をして彼は言う。幸いなのか何をしでかしたのかはバレてはいないようだ。


「そういえばマルゲリータと親交が深いと聞いてたけどどんな感じなの?」

「ああ、そうですか。良いでしょう、お話します」


 エレアノールが話題を変えるためにマルゲリータの話を持ち出す。それをきっかけにストライフ伯爵は彼らしくもない口達者な口調で語りだした。

 露骨なまでにマルゲリータを賛美こそしていないが、無二の親友の娘とはいえ踏み込み過ぎな内容なんではないかというと所もぽつりぽつりとあった。おまけに彼らしくもない笑みを浮かべるシーンもあった。


 彼がマルゲリータの話を始めて数分。屋敷のメイドが俺たちのいる部屋へとやってくる。


「ストライフ様、もうじきお客様との面談時間となりますがいかがいたしましょうか?」

「そうか、分かった。すまないが時間なんで今日はこの辺にしてくれないか?」

「そうね、わかったわ。じゃあまた会いましょうね」


 いくらこちら側が辺境伯の関係者だとはいえ、大事なお客様を待たせるわけにもいかない。というわけで俺たちはおいとますることにした。


 伯爵家を発ち、馬車に乗って帰路に就く中俺たちは話をする。


「コーネリアス、焼け石に水ってどういうこと?」

「ある程度の魔力は祓ったんですがそれは『表面的』な部分で『奥』というか『深い』部分まではある程度は弱体化はできたんですが完全には祓えなかったんです。

 マルゲリータと会う機会があればすぐにまた元通りになってしまうでしょうな」


 正直言って甘かった。これならテラ学院長にでも頼みこんで触媒の1つ持ってくればよかった。




 エレアノール一行が去ってからしばし、入れ替わるように「お客様」がやってきた。マルゲリータだ。

 彼女は魔力を可視化できる目で伯爵を見る。彼女の魔力がある程度消えているのを感じることが出来た。その「消し跡」とでもいえる痕跡から、術者を割り出す。


「チッ。この魔力の質から言って……コーネリアスの野郎か? しゃしゃり出やがって」


 とはいえ魅了の魔力は完全には消えていない。精神の奥深くにまで食い込んだ魔力はそのまま残っており、洗脳して思い通り操るには十分な量も質もあった。


「残念だったなコーネリアス。この程度ではオレの足元にも及ばねえぜ。オイ伯爵さんよ。何をされたのか詳しく話してくれねえか?」

「かしこまりましたマルゲリータ様。お伝えします」


 彼はひざまずきながら意識のある間に起こったことをつぶさに彼女に話をした。


「へぇ。コーネリアスの野郎は魅了スキルの正体を突き止めてある程度なら解呪もできるわけか。やるじゃねえか」

「マルゲリータ様。いかがいたしましょうか?」

「なあに、あせることはねえ。次のイベントでカタをつける。今度こそエレは終わりだ」


 マルゲリータはほくそ笑んだ。



【次回予告】

マルゲリータはもうすぐ15歳の誕生日を迎えようとしていた。

それに先立ち、みそぎの儀を開いた。

……もちろんよからぬことをたくらみつつ。


第22話 「チート転生者、勝利を確信する」

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