第23話 辺境伯、イラーリオ子爵夫人の相談を受ける
「……イラーリオ家め。私にはおろかエレにすら知らせずにみそぎの儀を行うとは。いったい何を考えている!?」
ドートリッシュ家を「無視した」とも受け止められる、自分たちに告げることなくみそぎの儀を行ったイラーリオ家に対し、普段は冷静沈着であるとされる辺境伯ですら怒りを隠せない。
「ドートリッシュ様。イラーリオ子爵夫人が謁見をしたいと申し出ております。いかがいたしましょうか? 本人の確認は取れています」
「何!? イラーリオ家の夫人が!? ……わかった、話を聞こう。私も出迎えに行く」
そんな中、
屋敷の入り口で出迎えられる彼女は一目見るなり自分の身では抱えきれない何かを必至にこらえているような様子だった。
辺境伯は客間に彼女を招き、詳しい話を聞き出す。
「ご夫人。今は家の事は忘れましょう。貴女は重い何かを抱えているようですね。私でよろしければ力になります。正直におっしゃってください。もちろんこの話は他言しません」
「……ドートリッシュ辺境伯様。このような話の場を設けていただき、まことに感謝しています」
イラーリオ子爵夫人はまずは一礼する。
「悩みというのは娘のマルゲリータの事です。
こんなこと言ってもご理解いただけないかもしれませんが……あの子は確かに私の娘のはずなのですが、『中身は私の娘じゃない』ような気がしてならないのです」
「!? 何だと!? あ、いえ、その……ご夫人、続けてください」
「自分の子供がわが子に見えない」
そんなセリフを「種をばらまいただけ」の父親が言うならまだしも、自らの腹を痛めてまでして産んだ実の母親が言うことだろうか?
娘を持つ父親として、にわかには信じられない話だった。
夫人の告白は続く。
「あの子は異常なまでに男たちから愛されています。あのストライフ伯爵ですら彼女の前では
ストライフ伯爵……彼が笑顔を見せるときは「国が滅びる時」とか「天変地異の前触れ」などと言われている仏頂面な男が笑顔を見せる。
その噂は辺境伯も聞いたことはある。本当のところは分からないただの噂話かと思いきやまさか本当のことだったとは思わなかった。
「それに、あの子の周りの男たちは皆生気を失ったとろんとした瞳であの子を見ているのです。
こう思いたくはないのですが、あの子が何かしらの魔法や呪いで男たちを操っているとしか思えないのです。みそぎの儀でも男たちだけ様子がおかしかったのです」
「ご夫人自身は大丈夫なのですか?」
「はい、私は特に何も。私の屋敷のメイド達も特に変わった様子はありません。ドートリッシュ様もお気を付けください」
「ううむ……」
ドートリッシュ辺境伯にとっては雑学程度の知識だが確かまだ魔法が体系化されておらず個人の才能に大きく依存していた頃の太古の魔法。
その中に異性を魅了する魔術と言うものがあるとは聞いていたが、おそらくそれだろう。
夫人の告白はなおも続き、話はとんでもない方向へと転がることになった。
「それに、確証はまだ無いのですが、どうやらあの子はイザベラと何かしらの関わりがあるみたいです。彼女の潜伏先の候補地に何回か使いを出しているみたいなのです」
「!! 何!? あの
予想外の人物の登場にさすがのドートリッシュ辺境伯ですら驚きと動揺を隠せない。
「ドートリッシュ辺境伯様、貴方もあの子について調べてください。私もできる限りの事をしますし、どんな結果であろうと受け止める覚悟はできています」
「わかりました、ご夫人。こちら側からも調べさせてもらいます」
「お願いします。それともう時間なのでこの辺で失礼させていただきます」
「わかりました。お気をつけて。私でよろしければいつでも話し相手になりますし、助力は惜しみません。どうか一人で抱えすぎないようにしてください」
「お心遣いありがとうございます。では失礼します」
イラーリオ家の馬車を見送る辺境伯は事の重大さを思わざるを得ない。
魅了の魔法に
想像以上の山場に直面している。彼の勘がそう告げていた。
「……嵐が起きるな。今はさしずめ『嵐の前の静けさ』といった事か」
辺境伯は近い将来自分は国を揺るがす大事件にかかわるだろう、とある意味確信していたという。
【次回予告】
魔導学院長は一見マルゲリータの支配下に入っているかのように見えた。
だが……
第24話 「魔導学院長 探りを入れる」
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