第13話 傭兵、伯爵からプレゼントをもらう
入院すること、1か月と少し。ついに退院の時を迎えた。
「コーネリアス! 退院おめでとう!」
妙に嬉しそうにエレアノールがほほ笑む。まぁある意味「命の恩人」に優しいのは当たり前の事だろうが。
「ようコーネリアス、退院おめでとう。正直な話、今回だけは俺の負けを認めてもいい。俺もアレに反応できなかったからなぁ。お前はよく反応出来たな。正直見事だったよ」
次いでアンドリューがお祝いの言葉をかける。こいつは女の事を第一優先に生きる男だが、相手が実力以上だった場合には素直にそれを認める謙虚さも持っている。
今回はそれが出ているようで普段のこいつを知ってる身分としてはだいぶ意外な言葉が出た。まぁ悪くはない、と素直に受け止めることにした。
王都から無事に屋敷に戻った時、メイドの1人が荷物を出してきた。
「お嬢様。ストライフ伯爵様から荷物が届いています。ボディガードさんへの退院祝いだとの事です」
「あのストライフ伯爵から? 珍しいわね」
贈り物をするなんてよほど親しい間柄でないとしないと言われている彼が、
そんな事情は知らずに彼女は包みをほどく。中には麻で出来た男物のハンカチが入っていた。
手に取ってみてもどこにでもある何のへんてつもない普通のハンカチに見えるそれを、俺たちは強烈なまでに懐疑的な目で見ていた。
「……臭いますな」
「ええ。怪しすぎてバレバレな位ね」
魔力に反応する人の頭の形を模したアミュレットの目が光り出す。間違いない、あの女の魔力がこのハンカチには込められている。
麻自体には魔力を蓄える能力が低いから、ハンカチの中に何かが入っているのだろう……魔力を蓄える何かが。
「切ってもいいですかね?」
「え? 切る?」
エレアノールが意味を飲み込めないのを無視して、懐から普段使いのナイフ1本取り出し、ハンカチに切れ目を入れていく。
中を見てみると、髪の毛の束が出てきた。黄金色の長くうねうねとしたウェーブのかかった明らかに女の物だった。
「な、なにこれ!?」
「思った通り、おそらくマルゲリータの毛でしょう」
「マルゲリータ……いったい何のつもりで!?」
「おそらくお嬢様の言う『魅了スキル』とかいう奴をばらまくためかと。髪の毛に魔力を宿わせて……ってわけですね」
毛には魔力が宿るとされている。年老いた魔術師がヒゲを伸ばすのは頭の毛が薄くなって減った魔力の貯蔵量を補うという意味もあるし、魔術師が羊毛や絹糸でできた装備品を求めるのも魔力を身にまとって魔法を使う際の魔力供給源としているからだ。
毛に魅了の魔力を宿わせて洗脳を広げる、という算段だろう。あの女、俺をも味方に取り込むつもりだったらしい。言っておくが俺は思惑通り洗脳されるといったヘマをやるような間抜けじゃない。
「どうします? これ」
「調査機関に持っていって調べてもらいましょう。マルゲリータの足がつかめるかもしれない」
俺たちはその日のうちに調査機関に調査を依頼するための手紙を書き、問題のブツを送った。
後日、調査機関からの手紙による報告が届いた。
「……特定不可能、ですと?」
「ええ。ブロンドの髪をした女性はストライフ家と、その親交が深い人物に絞っても5名以上いますので、誰の髪か? というのを特定することは不可能らしいわ。ハァ、こういうところは肝心な時に限って使えないわね」
エレアノールは悪態をつくが、これ以上の調査は不可能であることは本当らしく、手紙の内容の半分以上は謝罪の内容だったという。
「ストライフ家は完全にマルゲリータの手に落ちてますな」
「そうね。まずいことになってるわね」
ハァ、とお互いため息をつく。
倒さなければならない相手は日に日に力をつけている一方で、それに対するこちら側の打つ手の無さからの無力感にさらされる。
形勢はかなり不利だった。
「……とはいえ、このまま黙って指をくわえているわけにはいかないですよね」
「うん。コーネリアスのアミュレットが打開策のカギだから、お願いね。ある意味あなたにかかってるわ」
「お気持ちはわかりますがプレッシャーをかけないでくれませんか?」
「プレッシャーは苦手なの? 意外ね」
「いや苦手ってわけじゃあないんですけど緊張すると手先が上手く動かなくなるというか……違和感を感じるんですよ」
「あらそう。なら余計なプレッシャーかけちゃったね。ごめん」
「いいんですよお嬢様が言う分には。弱い俺が悪いんですし」
このままじゃ終われない。そこだけは俺もエレアノールも一緒だった。
【次回予告】
門限を過ぎても帰ってこないコーネリアス。
心配になったエレアノールとグスタフが見たものとは?
第14話 「傭兵、酒に呑まれる」
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