再臨の魔女
森陰五十鈴
序章
開かずの扉を少女は叩く
真っ白な空間に、扉があった。
白い石でできた、豪奢な彫刻が施された大きな扉。天国の門か、地獄の門か。美術品であったならそのような題が付されただろう。
その扉の前に、一人の娘が立っていた。太陽のように色濃い金の髪を持ち、白の法衣を
如何に力のある男性であろうと、一人では決して開けることはできないだろう重さをもつ石の扉。彼女の細腕では決して開こうはずもないのに、彼女は額に汗を浮かべるほど懸命に扉を開けようしている。その大きな赤い瞳に、憎々しげな光を宿して。
彼女のその姿を、扉を挟んだ向こう側から視ていた。透明でなく、厚みもあるというのに、何故か扉の向こうが透けて視えていた。
だから、彼女の必死さが手に取るように判る。
しかし、その光景が見えていても、手を貸そうとは思えなかった。多少罪悪感はあったが、どうしても扉が開くようなことがあっては欲しくないのだ。
祈りながら、黙ってただ見ている。どうか扉が開くことがありませんように――。
「ねえ」
扉の向こうから声がする。彼女はこちら側の自分の存在に気付いているのだ。
「開けて」
懇願というよりは命令に近い言葉に、黙ったまま首を横に振る。
「どうして?」
会話は成立していた。彼女も自分と同じようにこちら側が見えているのかもしれない。だからといって声を出す気も、ここから逃げる気も起きない。ただ怯えて、彼女の強い眼差しを扉越しに受け止めるだけ。
「酷い」
何もしない自分に焦れたのか、彼女は扉をこじ開けようとする動作を止めた。片手の平を扉に押し付けて、ひたとこちらを見つめる。
それと同じ動作を行った。扉越しに手を合わせるように。そしてどうか諦めてくれとひたすら願った。
その思いは通じない。
「ねえ、お願い。わたしはそっちに行きたいの」
懇願する彼女は切なそうで――救いだしてあげられない自分に罪悪感を抱く。しかしそれでも、
「無理よ」
思わず声を出していた。どんなに懇願されようとも、自分からこの扉を開けることはできないのだ。
開いた後、その先に起こることが恐ろしいから。
「できない」
彼女の表情がみるみるうちに険しくなっていく。赤い瞳は苛烈に輝いて扉越しにこちらを睨み付け、押し付けていた手の平を話すと、拳を作って振りかぶって――
◇ ◆ ◇
ドン、という物音に、ユーフェミアは目を覚ました。慌てて布団の中で身を起こす。まず目を向けたのは、斜向かいの部屋のドア。数歩先のそれをじっと睨み付けるが、チーク材の扉板が音を発することはなかった。誰かが起こしに来たわけではないらしい。
では、何かが落ちたのだろうか。白いカーテンの隙間から入り込む薄明かりの中、狭い部屋の中を見回す。ベッドと書き物机と背の高い棚一つだけが置かれた、ユーフェミアの個室。ベッドの隣に置かれた机の脇に、分厚い本が落ちているのが見えた。どうやらあれが物音の正体らしい。
なんだ、と思い、溜め息を吐く。昨夜寝る前に勉強をして片付けなかった所為で、机の上は荒れていた。それが悪かったのだ。
片付けないと、としぶしぶベッドから降りる。起きるにはまだ早いが、日はもう出ていた。寝直すほどの時間はない。それに、今日は試験の日だ。悠長にはしていられない。
「あーあ」
机の前に立ち、溜め息を吐く。
「嫌だなぁ……試験」
どうしても逃げられない残酷な一日の始まりにユーフェミアは肩を落とし、ネグリジェ姿のまま床に落ちた本を拾い上げた。
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