※死なない熱はない(ないないシリーズ(仮)・New花金Day『天体観測』)

 カーテンを締め切った暗い部屋で、僕の上に乗った素々子ちゃんが、僕の首元に一番近いボタンを外して、首筋に両手を当てる。

 今にも首を絞めそうなのに、その手には力が入っておらず、添えているだけだった。

 何しているの? と尋ねると、彼女は答えない。怒っているわけでも、泣いているわけでも、微笑んでいるわけでもなく、ただじっと、そうしていた。




 微睡みが突然覚めたのは、冷たい風を感じたからだ。

 目を覚ますと、素々子ちゃんが僕のシャツを着て、窓を開けていた。

 僕は起き上がって、リネンを押しのける。熱はどこにもなくなり、べたつく肌と自分たちの姿だけが、情事のあとを残していた。

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 彼女の艶やかな髪が靡く。窓閉めようか? と尋ねる彼女に、僕は首を振った。

 街灯の明かりは彼女の顔が見えるほど眩しいのに、星はとても澄んで見えた。

 草木も眠る丑三つ時。

 どうやら、誰もが眠っている時は、夜空はより一層輝くらしい。


「全国回ってた時に、深夜の街を歩くことが何度かあってさ。もうくたびれて、あーあの時好奇心に負けて動かなきゃよかったー、って後悔して。

 街灯は照らされたままだけど、信号機は点滅してたり消えてたりしてて。手足も冷たくなって、すっごく心細くなった時にーー星が、綺麗だった」


 今まで見たことないぐらいに。

 そう言って、素々子ちゃんは抱きつくように僕の胸にもたれた。

 薄いシャツ越しに、肌の温度がじわじわと伝わる。


「暗いのが当たり前のはずなのに、私たちが星も見えないぐらい明るい場所にいることが不思議だ」


 あの光は、もう熱すらないのにね。


 素々子ちゃんの言葉に、そうだね、と僕も返す。

 どうしてこんなに、この世界は明るいんだろう。

 僕らは夜であっても、こうやって互いがどんな姿をしているのかがわかる。

 今彼女が顔を上げて、どんな顔をしているのか、わかる。

 うねって艷めく黒い髪も、影が作られる顔の造作も、少し腫れた小さな唇も、暗闇で大きく見える瞳孔も、隠されていない肌の紅潮も、透けたシャツから見える身体も。

 素々子ちゃんが、僕の首筋に手を当てる。でもそれはやがて、どんどん下へ下がり、むき出しの胸の辺りで止まった。

 どうしたの、と僕が尋ねると、


「人の冷たさを探してるの」


 と、彼女は言う。


「さっきまでここ、冷たかったのに。もうどこも冷たくないなって。今すっごく熱い。なんで?」


 くすくす。

 いたずらっぽく笑みを浮かべる素々子ちゃんの身体も、熱かった。

 お互いに興奮している故なのか、それともどちらかの熱が伝わっただけなのか。

 不思議、とまた彼女は呟いた。


「私たちの世界では、氷とか雪とか冷たいものは儚いものなのに、宇宙ではきっと、熱とかの方が儚いんだよね」


 地球人って贅沢だね。彼女の言葉に、僕も同意した。

 贅沢に光を浴びて、贅沢に熱を味わって、あっという間に消費していく。それらは決して当たり前ではなくて流動的なものなのに、さも「何時までもそこにあるもの」だと思って、その希少性に見向きもしない。そしてまた、次々と望むのだ。

 そういう欲が、「生きている」ということなのかもしれないけれど。


「窓、閉める?」


 彼女の問いに、僕は少し悩んだ。

 どうしたい? と尋ねると、「……じゃあ、カーテンだけ開けておいて」と言う。

 いいの? と念の為聞くと、彼女は笑った。


「一人で目を覚まして、ちょっと、寂しくなっただけ」


 その言葉を聞いて、僕は彼女をゆっくりと倒した。

 ちょうど枕に倒れた素々子ちゃんの額にキスをする。頭を撫でて、形のよさを楽しむ。髪を梳くと、絡まっていない感触が心地よく、甘い匂いがした。


 シャツのボタンを外して、膨らんだ彼女の胸にそっと触れた。そこは最初ひんやりとしていて、けれどすぐに熱を帯びていく。

 ああそういうことか、と、僕はようやく夢の中の彼女の行動を理解して、唇を重ねた。手を繋ぎ、足を絡める。腹と胸が重なり合う。


 空気は冷たく、けれどリネンを被るのは鬱陶しいほど汗をかいた。

 そうやって死んでまた生まれる熱に興奮して、身体のどこにも冷たさが隠れていないことに、安心した。


ーー

登場人物(KACの作品を読んでない人向け)

蓮さん

 大学の先生。物理学を専攻。素々子さんより九歳年上。


素々子さん

 蓮さんとは長い付き合いで、中々恋愛対象にされてなかったことから高校卒業後告白して全国を放浪。その後色々あってお付き合いする。なお、実の兄が死んでいる。





エロいの書きたかったけど、ここまでが限界でした。

そしてあんまりにも恥ずかしいので、新作として出せませんでした。

宇宙と熱の話については、こちらもどうぞ~~!

https://kakuyomu.jp/works/16816452219469998665/episodes/16816452219519734508

https://kakuyomu.jp/works/16816452219469998665/episodes/16816452219541707650

https://kakuyomu.jp/works/16816452219469998665/episodes/16816452219561931629

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