あいつが死んだとき、それは友情より重くなった(※注意!)

『藤堂は、何になるんだ?』

 親友の田口にそう聞かれ、僕は何も言えなかった。

 大人になったら、何になりたいかなんて、何も出来ない自分がなれるかどうかの保証もないから、恥ずかしくて口を閉ざしたのだ。

 特に、『何でもできる』親友の目の前では。




 田口は中学校二年間、同じクラスだった。

 当時の男子中学生と言うと、とたんに無口になるのが多くて、貴重な残りは調子に乗って軽口以上のことを言ったりするのが大半だったが、親友――田口は、お喋りと言うわけではないが、物をしっかり話し、それでいて慎重に言葉を選んでいた。

 聞かれたことには、相手が話してないことでも知りたいことをくみ取り、説明する。

 それ以上の、自分の意見や感情を挟まない。

 頭が良かったのだと思う。

 実は無口なタイプに分類される僕が、彼と仲良くできたのは、出席番号が一つしか違わなかった、という幸運のみだった(田口の『た』と、藤堂の『と』。その間に、た行の名字の生徒はいなかった)。

 話しかけられない時、彼はいつも静かに本を読んでいた。何を読んでいたのかはわからない。何時もブックカバーがかけられていたから。

 彼のことを知りたくても、僕は自分から相手のことを聞きに行くのが下手であったし、彼は誰かに踏み込むようなことをしなかった。



 田口は、成績もよかった。

 県模試ではトップクラスだったし、運動神経もよかった。どうやら剣道をやっているらしい。それを知ったのも、他の生徒との会話から聞いた。

 学級委員長も任されるし、大概の実行委員会の助っ人にも行かされる。かなり多忙なスケジュールのはずだが、彼は涼しい顔でやってのけた。

 僕とは違う人間――中学二年生まで、彼の背中を眺めながらずっと思っていたものだ。


 田口との関係が変わったのは、中学二年生の夏だ。

 たまたま、本屋で会ったのがきっかけだった。それも、お互い同じSF小説を手に持っていた。

 こんな長編を読む奴なんか、僕たち以外にいなかっただろう。些細なきっかけだが、僕らにとっては奇跡だった。

 雪崩れるように、僕らは会話し始めた。

 あれだけ遠かった背中が、急に近く感じた。


 それから、僕らは所かまわず話すことが増えた。

 本の会話をする中で、時折、田口が自分のことを話し始めた。

 自分が施設で育ったこと。自分より小さな子たちばかりだから、帰ったらろくに読書が出来ないこと。

 いい成績を出したり部活動の功績があれば、高校の援助を貰うことが出来ること。うまくいけば施設の知名度も上がり、他の子たちの教育費も出せるかもしれないこと。

 恐らく、これらの情報を知っているのは、この学校で僕だけだった。

 僕は他の人が知らない彼の情報を知っていることに、優越感を抱いていた。


 中学二年生の冬休み。

 田口は僕の家に遊びに来た。彼は「人んちに遊びに行くのは初めてだ」と言った。

 僕の家は普通の家庭だ。母はパート、父はサラリーマン。ほどほどに裕福で、ほどほどの距離感を持って生活している。成績はよくも悪くもなかったので、詰られることも褒められることもない。好きなことをしていても、何も言われなかった。

 僕が好きなことは、プログラミングだ。丁度その頃、フリーゲームを作ることに夢中だった。ホラーゲームでよくみられる、RPGツクールの奴だ。

 僕がそのことを説明しながらパソコンを見せると、田口は面白そうに食いついてくれた。

「藤堂は、ゲームを作る人になるのか?」

 田口の疑問に、僕はうーんと唸った。別に、具体的に将来を描いているわけじゃないからだ。

 ただ、パソコンで何かを作る人になれたら面白いだろうなー、としか考えていなかった。

「僕は頭がいいわけじゃないから、なれるかどうかわからないよ。未来は何があるかわからないから、ゆっくり考える」

 僕は何も考えずに言った。

「田口は、プログラマーを目指してるんでしょ? カンタンになれそうだね」

「いやー……どうだろう。プログラマーって言っても、色々あるし。SEになれたらいいって思うんだけど……」

「SEって、システムエンジニアのこと?」

「仕事多そうだから、雇ってくれそうだしな」

「……田口の頭なら、AIの開発でも出来そうな気がするんだけどな」

 ぶは、と田口は笑った。

「藤堂の言うAIって、絶対SFに出てくるタイプのロボットだろ!?」

「……そんなに笑わなくてもいいじゃないか」

「あっはは、ごめんごめん! でも、それもいいかもしれないな」

 未来は何があるかわからないもんな、と田口は言った。

 それが、幼い子どもに聞かせるような口調で、僕は不貞腐れた。


 あの時、僕の浅慮な言葉に、田口はどう思っていたんだろう。








 中学三年生になる前の、春休み。

 田口が死んだ。踏切で。

 遺書は、ない。

 遺体は、酷い有様で、僕が彼の顔を見ることは出来なかった。


 沢山の人が泣いていた。生徒も、教師も、施設の先生も。

 例えばあいつは、日直の仕事を全部擦り付けたクラスメイト。

 例えばあいつは、学級委員長の仕事として、「いじめ」の問題を解決しろと迫った、教師。

 例えばあいつは、田口の成績を妬んで、田口の数少ない本をズタズタにしたクラスメイト。

 例えばあいつは、「こんなこともわからないのか」と田口をクラスメイトの前で罵った、嫉妬の塊の教師。

「これぐらいのこと、君には出来るよね」と言って、大量の仕事を押し付けた隣のクラスの奴。「君の成績が、この学校の評判に関わってくる」と言った校長。「他の子たちのために、勉強してね」と言った施設の先生。……。


 なんで気づかないんだ。

 頭が良くて、運動神経も良くて、人当たりも良くて、利用されがちだった田口。

 なんでも優れていた。精神的に、大人に見えたかもしれない。

 でも田口は、中学三年生で死んだ。

 たったの、十四歳だ。そんな若さで、なんで死ななきゃならなかった。

 死ぬほど、仕事を押し付け、追い詰めたのは誰だ。


 田口は、頭がいい子どもだった。

 踏切で死んだら、その後どんなことになるか。

 遺族に多額の賠償金が課せられる場合がある、なんて、頭のいいあいつは知っていたはずだ。

 施設のために頑張れ、と言われていたあいつが。

 もう頑張らなくていいよ、とあいつに言った奴はいなかったのか。


 僕があの時、言っていれば。


 言って、何になる。

 あいつの現状は、変わったか?

 ――言って、満足するだけで終わっただろう? もう一人の僕が言った。


 誰にも頼ることすら許されなかった、アダルトチルドレンだった。

 何も苦労せずに過ごしてきた僕が、彼の力になれるはずがなかった。

 なれると思ってしまったこと自体、罪深く感じた。






 ……それから僕は、必死に勉強をした。

「お前の学力じゃ到底無理」と言われた高校を突破し、アメリカの有名な大学に入ることも出来た。コミュニケーション能力は低い方だったが、アニメやゲーム好きのオタクのグループに入ることが出来、そこで社交術を学んだ。アニメに影響されすぎだと言われたが、これで何とか友達も増えたから、良い気がする。

 数学の勉強をしながら、学芸員の資格をとった。その縁で、『相談係』の職員になることも出来た。

 田口の夢は、なんだったんだろう。彼の、本当の夢は。

 わからないままに、僕は田口が「本当は選びたかったんじゃないか」と思う道を、選んでいる。――AIの研究だ。


 頭がいい、が、「大人である」、なんてことはない。

 昆虫の寿命は短い。人の寿命は長い。

 幼虫が成虫になるのはあっという間だが、子どもが大人になるのは、二十年かかる。

 いや、本当の意味での大人なんているのだろうか。

 大人になるとは、なんだろうか。大人になれば、なりたいものになれるだろうか。じゃあ、子どもだった田口は、何物にもなれない運命だったのだろうか?

 違う、と思いたかった。

 田口は何にでもなれたはずだ。時間と、余裕と、安心できる場所さえあれば。

 それを証明したかった。


『相談係』に、ムラトという少年がいる。

 顔立ちは全く似てないのに、モノの考え方や、人生に対する気の短さが、田口にそっくりだ。

 止めなければ、と思う。利用しようとする大人たちに何もかも奪われる前に。

 「自分が」「何になりたいか」を決められるまでは、こちらに来てはいけない。



登場人物

藤堂未来

『ラッキーガールの博物館事件簿』でポッと出したら、母に「キャラ薄っぺらい」と言われて急遽裏設定を書いた。それがこれです。元々無口で、成績もよくなかった。なんでもできると思っていた親友の田口が、「なにものにもなることができない」ことになった時、自分の人生の唯一の存在になった。なってしまった。

後日ラッキーガールは、「もうこの人、一生恋することないだろうな」と言われる。恋じゃないけど、人生で一番重要な人になった。ものを考える時はいつも彼を中心に考える。考えてしまう。

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