恋愛まで行かない

 俺のクラスには、亜久里麗子というお嬢様がいる。あだ名は『悪役令嬢』。

 そのあだ名にふさわしく、喋り口調は『お嬢様言葉』、成績はそこそこ優秀だが高慢で、落ちこぼれには「そんなこともわかりませんの?」と言い放ったらしい。美人で学校どころか全国に食い込むほど成績優秀な早乙女聖とはよく一緒にいるが、その待遇もよくて引き立て役、悪くて取り巻きのような扱いをしているんだそうだ。

 しかし噂は噂。吟味もせず、鵜呑みにしていいわけがない。

 というわけで、コンビを組み、与えられた問題を解く、という授業の一環を利用して、彼女を知ることにした。



「亜久里さん、この問題わかんないんだけど、よかったら教えてくれないかな」



 俺が指したのは、分数の問題。小学生レベルの問題なので、さすがに解けるのだが。



「まあ! こんなこともわかりませんの!?」



 出た。噂通りのセリフだ。

 噂もバカにできないな、と思っている俺に、まったく! と悪役令嬢が続ける。






「分数すらしっかり教えないなんて、義務教育は何をしているのかしら!?」





 ……おもわぬところのヘイトが来た。


 というか、批評か? 「無償でしっかり教えるのが義務教育でしょう」「塾に行ける子だけじゃなくってよ」と怒る悪役令嬢。

 意外すぎる言葉で混乱する俺をよそに、これはこうするといいんですのよ、と悪役令嬢は続ける。


 結論。

 悪役令嬢は、教えるのが無茶苦茶うまかった。

 そして褒めるのも上手だった。

「まあ、飲み込みはやいですわね!」「もうこの問題も解いてしまわれましたの?」「仕事早いですわ!」……聞く相手によっては、皮肉や嫌味に聞こえるかもしれないが、そうじゃない。

 この人、本気で褒めて喜んでる。

 しかも知らないことをバカにすることもしない。全然その気配ない。


 途中で、教えてもらったことをうっかり忘れてしまったことがあった。

 さすがに尋ねるのは三度目だったので、怒るかと思ったが、悪役令嬢はまったく気にせずに同じ説明をした。

「……で、いいんですのよ」

「ごめん、同じこと聞いて」

 俺が謝ると、悪役令嬢はきょとんとした。

「なぜ謝るんですの?」

「せっかく教えてくれたのに、なんか、ちゃんと聞いてないみたいで……」

「? わたくしの話、聞いているから尋ねているんじゃなくて?」

「いや、そーなんだけど……すぐに理解できないってゆーのは、真面目に聞いてないっていうか」

「真面目に聞いているじゃありませんの」

 心底不思議そうな顔で、悪役令嬢は言った。

「相槌打ったり、わたくしの説明を自分の言葉で言い換えているでしょう? 真面目に聞いているんだなってわかってますわよ?」


 あ、この子良い子や。

 この子が悪役令嬢なら、その辺の教師の方がよっぽど悪役。


     ◆


「……早乙女の言うことは本当だったよ」


 俺が言うと、よかった、と早乙女聖は笑った。


「麗ちゃんとはクラスばらばらになったから、すごく心配になったんだよ。よく誤解されやすいから」


 すでに誤解はされつつある。


「私が誤解だよ、って言っても、皆脅されてるんだ! って思っちゃうみたいで……そんなに薄幸な顔してるかな私」


 確かに、儚げな感じはする。中身を知らなければ。

 実際喋ってみると、薄幸な美少女というより発酵な腐女子なのだが。ちなみに俺は少女漫画が好きで、その関係で早乙女とは仲良くなった。


「……まあ、あのお嬢様口調はどうかと思うんだけどなあ」


 個性を尊重と言っても、TPOを弁えないのは……と続けようとした俺に、それ本人に言わないでね、と早乙女が遮った。


「麗ちゃんだってすごく頑張ったの。でもね、あれは努力じゃどうしようもなかった。呪いなんだよ」

「呪い」


 すごいパワーワードが出てきた。


「幼稚園までは普通だったんだけどね、小学校上がるときにあの呪いにかかって……本人も普通に喋りたいのに、全然矯正できなくて名門学校に面接で落とされたの」

「落とされたんだ」

「本当のお嬢様はあんな口調で喋らないよ。宮家とか見たらわかるでしょ」

 たしかに、テレビで見る限り、普通に丁寧な言葉だよな。あんな個性的じゃなくて。

 なるほど、どうしてれっきとしたお嬢様が県立にきたんだろうと思ったら、そういうしょっぱい事情が絡んでたんだな。


「お待たせしましたわ、二人とも。ごめんなさい」


 そうこうしているうちに、昇降口からひょっこり悪役令嬢――亜久里がやってきた。


「珍しいね、麗ちゃんが約束した時間より遅くなるなんて」

「日直の子が、急用で早く帰らなくてはならない状況でしたの。なので代わりに」


 ふつーに優しい子なんだよなあ。

 そう思っているそばから、早乙女が「えらい! よしよし」と亜久里の頭を撫でる。亜久里は早乙女より背が高いため、かがんで撫でられるまま。仲がいいのがとてもよくわかる。


「では、参りましょう。今日はコンビニに寄るんでしたわね?」

「そう! 薄い本が届いているから!!」


 今度貸すから読んでね、と鼻息荒く言う早乙女に、待ってますわ、と微笑んで言う亜久里。

 多分これわかってない、薄い本がどーゆーものなのか。

 印象に対して、ずいぶん無垢な彼女を腐女子から守るべきではないだろうか。俺はひそかにそう思った。





特に深まらない登場人物設定

主人公

モブ男子。少女漫画愛読。

噂は軽んじることもしないが、自分の目で確かめるまで判断しない派。

普通に亜久里が良い子だったため仲良くなる。

早乙女とはTwitterで知り合った。


亜久里麗子

悪役令嬢と言われるが本人は自覚なし。いじめるほど多数と一緒にいないし本人の性格上無理。「知らないこと」があるということを知るのは素晴らしいことだと思っているので、知らないことをバカにする発想すらない。ただ口調と発言が悉く誤解される。

一応早乙女の趣味を理解している。友達が楽しんでいるならそれだけで嬉しい派。早乙女の話にもとことん付き合う聖女。


早乙女聖

成績優秀な美少女。亜久里の幼馴染。腐女子。逆カプでもリバでもいけるが、無理やり系は悉く憎む。カプは幸せでなければならぬ派。中身を知る主人公からは「残念な美少女」扱いされる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る