第三章 魔獣百鬼夜行(6)一瞬、それで充分
「ザルト!? どうして——」
リサは驚きながらも、光の槍を回しながら、舞うように魔獣たちを倒していく。
ザルトは虚勢を張る。
「お、俺は助太刀に来たんだ! ノール・ノルザニ伯爵に名前を売りに来たとかじゃないからな! 勘違いするなよ!」
名前を売りに来たんだなあと、リサは思う。
それが証拠に、警固騎士隊たちからは邪魔者扱いされている。
「ザルト! すっ込んでろ。お前がいても邪魔だ。お前の剣じゃ何回斬ろうが魔獣は倒せねえよ」「お前がいると、お前を守りながら戦う羽目になるんだよ!」
「うるせえ!」
揚げ句、逆ギレ。なんという迷惑な助太刀だろう。功名心ばかりで周りがまったく見えていない。
「ええい! 魔獣どもを片付けよ!」
そう命令している声も聞こえる。どうやら、魔獣闘技場のあるじである伯爵自ら指揮を執っているらしい。
さて——。リサは自分の戦況に集中する。警固騎士隊を援護しながらの敵の掃討。外側から攻め込んでいるベルディグロウとは、敵の群れを挟み撃ちする関係にある。
しかし、問題はこの暗さだ。敵の群れの全体像が把握しづらい。
おまけに、事ここに及んで、舞踊剣と大目玉という魔獣が追加された。舞踊剣は空中浮遊する剣の魔獣で、群れをなして攻撃対象に飛びかかる。大目玉は宙に浮かぶ巨大な目玉で、空冥術の光線を放つ。前者が中距離型なら、後者は遠隔型だ。
これは厄介な事態だ。自分ひとりならまだしも、守らなければならない人間がこうも多いとカバーしきれない。ひとり、またひとりと、舞踊剣に刺され、また大目玉の光線を受けて倒れていく。
そんななかで、高笑いが響く。黒幕の登場だ。
「ははは! どうだ見たか! 俺の魔獣使いとしての能力を! 魔獣も大量に生成できるし、闘技場の魔獣も操れる! 俺を何度も落としてきた帝立空冥術学院は俺の能力を知るべきだ!」
白いローブを着た男だった。日本で言うなら、近いのは白衣だろう。リサは訝った。なぜ、いまになって出てきたのだろう、と。
だが、すぐに答えはわかった。いまでなければならなかったのだ。白いローブのえせ魔獣使いは、血を吐いていた。限界を超えた空冥術の行使。いや、魔獣側が空冥力を無制限に搾取し、枯渇したというべきだろう。
「このノール・ノルザニ伯爵領を押さえたら、次はファーリアンダ侯爵領だ! そして首都デルンをこの手に収めてみせる! すべて、俺の力を過小評価した者への罰だ!」
ひとしきり叫ぶと、えせ魔獣使いはまた血を吐き、服を血まみれにした。もう長くはないのだろう。
リサには彼が哀れに思えた。彼に才能がなかったのか、努力が足りなかったのか、よい師に恵まれなかったのか、ただ人を恨みやすい性格なのか、それはわからない。だが、命の使いどころとして、間違っている。
舞踊剣、大目玉、オオカミの魔獣たちの総攻撃だ。えせ魔獣使いは宣言通り、この伯爵邸を攻め落とす気でいる。
攻撃の対象には、少年剣士ザルトも、多数の警固騎士隊も、そして伯爵もいる。
リサは考える。わたしひとりでは到底守り切れない。
……守り切れない?
「そんなはずは——」
ない!
リサは、ザルトや伯爵、そして警固騎士隊の前に立つと、全力で、光の槍で地面を横薙ぎにする。
舞い上がる石つぶてと砂の嵐。たった一瞬。
そう、たった一瞬だ。
リサにとって、その一瞬は充分すぎた。
目を持っている魔獣たち——大目玉とオオカミは目を閉じざるを得ない。そして、目のない舞踊剣の群れも、一瞬の砂嵐に標的を捕らえ損なう。
一方のリサは、石つぶてと砂嵐を起こした側だ。回転しつつ、光弾を上空に打ち上げる。さながら花火のようだ。これで敵の位置が丸見えになる。
もはや、『遠見』の能力ですべて敵の位置を補足した。
逃がしはしない。
リサは光の槍を回転させて周囲のオオカミの群れを一掃し、その流れでこれまでで最大の数の光の棘を空冥術でつくり出し、舞踊剣や大目玉に一斉掃射した。
リサの『遠見』は遠隔の敵を絶対に逃がさない。敵の魔獣のことごとくを棘で貫いていく。彼女の攻撃は、対魔獣に関してあまりにも相性がいい。まるで乾いたクッキーを割るような容易さだ。
もはや残ったのは、治安を擾乱したえせ魔獣使いだけだ。彼はもはや大量の魔獣たちに空冥力どころか生命力まで奪われ、動けなくなっていた。
ノール・ノルザニ伯爵は、えせ魔獣使いの近くにいるベルディグロウが神官騎士であることを見抜くと、犯人を斬り捨てるように言う。
「その魔獣使いに処罰を!」
だが、ベルディグロウは首を横に振るばかりだ。
「その必要はありません」
その言葉とほぼ同時に、えせ魔獣使いは倒れる。彼はもはや、事切れていたのだ。
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