第三章 魔獣百鬼夜行(3)少年剣士は気づかない
結局、泥棒はそのあとに駆けつけた都市警固兵たちへと引き渡された。
警固兵たちに、ありがとうございます、ご協力感謝いたしますと言われるごとに、こんもりとした頭を掻いて照れるリサ。
いまのリサが、アーケモスの女然とした(ひらひらの)女性的な格好をしているため、違和感を持つ警固兵は多かった。
だが、さきほどの騒動を見ていた商店主たちが、リサの強さを語り倒し、警固兵たちもそれを認めた格好だ。だいいち、左手に持った光の槍という得体の知れない武器は、それだけで説得力のあるしろものだ。
一方、警固兵たちは少年剣士を見るや、呆れたような声を出したのだった。
「また、お前か」
少年剣士はふてくされた様子で剣を鞘に収める。
「悪いかよ」
「一旗揚げたい気持ちはわかるが、こんなところで軽犯罪者狙っても武功は上がらんぞ。とっとと警固兵にでも入って、訓練してもらえ」
「それじゃ意味ねえんだよ。俺はすげえ剣士になりたいんだ。警固兵だったら一生、警固兵じゃねえか」
「あのな、警固兵も必要な仕事だぞ。それが嫌なら、士官学校受け直すか、魔獣闘技場で勝ち残ってみることだ」
「士官学校は……再受験したくても、学術都市フグティ・ウグフの街までの旅費がない。だから、今度こそ魔獣闘技場で勝つんだ」
「いままでずっとそう言ってきたが、どうだろうな」
「今度こそ絶対出るんだ。もう申込はした」
「そうか。焚き付けておいてなんだが、魔獣闘技場で勝ち残れるのはほんの一握りだ。取り消すことをおすすめするがな」
「なんだと!」
「まあ、若いといえば若いが。どういうわけか下に見てる警固兵だって、もう一度言うが立派な仕事だ。俺はそっちを勧めるよ」
「うるせえ! 俺は偉くなるんだよ! 警固兵のトップだって士官学校出じゃないとなれないじゃねえか!」
「……まあ、言ってもこれじゃあな。まあ、死ぬなよ、ザルト」
そうして、警固兵たちは泥棒を引き連れて去って行った。
警固兵たちが去ったあと、少年剣士ザルトはリサとノナのほうを見る。
「……余計な邪魔してくれたな。あの泥棒は俺がやっつけるところだったんだ」
リサにはわかっていた。あのままでは、ザルトは短剣で刺されて終わっていた。だが、どうやら本人はそのことにも気づいていないらしい。
「そうか。それは邪魔したね」
揉めても仕方のないことだ。リサはそう言ってお茶を濁しておいた。
だが、ザルトはリサへの興味がまだあるようで、彼女の光の槍を指さす。
「その武器、何? 見たことないけど」
「ああ、これ? 空冥術でつくった光の槍」
「
「使ったことない」
「マジか。遠隔型術士の場合、増幅器は杖か書物か、最悪、増幅器なしと聞いたことはあるけど、近接型で増幅器を使わないのは初めて見た」
「よく言われる、かな」
「姉ちゃん、魔獣闘技場に出に来たのか?」
ザルトが気にしているのは、ライバルになりうるかということだろう。リサの強さは彼もよくわかっている。闘技場の栄誉をかっさらわれてはたまらないと思っているのだろう。
リサは首を横に振る。
「ううん。出ないよ。ここには旅の途中、立ち寄っただけ。わたしたちは、首都デルンの、えーと――神域聖帝教会というところに行くんだ」
「巡礼か」
「そんな感じ」
なんとか詮索されずに済んだようで、リサはホッとした。だが、ザルトはなかなかリサを解放しようとしない。
ザルトはリサに言う。
「あのさ、少しだけここで手合わせしてくれないか。魔獣闘技場への準備運動だと思って付き合ってくんねえかな。もちろん、致命打は狙わねえ」
正直、リサはこれは面倒だと思った。だが、ここですぐに嫌だと言うのも、彼のプライドを折ってしまいそうで嫌な感じがする。なので、時間制限を設けることにした。
「いいよ。でも、わたしたちこれから晩ご飯だから、あと十分だけね」
「それでいい。俺はザルト」
「わたしはリサ。よろしくね」
ザルトは腰の剣を再び抜き、リサは光の槍を構える。どうしたものかと、ノナは少し離れて見ている。
フィズナーとベルディグロウにあれだけ「危険のないように」と忠告されたのに、手合わせをする羽目になるとはどういうことだろう。
まずリサが先制をとる。回転する光の槍。
もちろん、手加減はしている。攻撃はゆっくりだ。なので、ザルトでも防御できる。もし、素早く一撃を放っていたら、その時点で一本だろう。
反撃に斬り掛かってくるザルト。しかし、リサが回転させる槍に巻き込まれ、彼はバランスを崩す。その上を跳躍し、背後を取るリサ。
「こっちだよ」
声を掛けてあげるのはやさしさだ。ここでもう二本目が取れている。
振り返ってリサの攻撃を受け止めるザルト。
リサにはだんだん解ってきたが、ザルトは周囲も自分もよく見えていない。剣を振ることしか頭にない。『敵の攻撃を受けずに自分の攻撃だけを敵に届かせる』という基本原則がそもそも存在しない。
ザルトから放たれる、奥義・回転斬りなんてものがその最たるものだ。使うべき状況判断などまるで抜け落ちている。奥義が決まれば勝てると思い込んでいるようにさえ見える。
もちろん、リサはその奥義も軽くいなし、ついと押してはザルトのバランスを崩す。バランスが崩れれば、そこを突けばさらに一本獲得だ。
リサの脳内のシミュレーションでは、ザルトは二十回以上死んでいる。だが、どうやら彼はそのことにすら気づいていないようだ。
十分経って、ザルトは言った。
「いい勝負だったな、リサ」
「そ、そうだね……。お腹空いたから帰るね……」
すっきりした表情のザルトとは対照的に、リサは苦笑いで、ノナと共に帰るのだった。汗などまったくかいていない。
リサとしては、ザルトがうまく魔獣闘技場の申込を取り消してくれないかなと、気がかりになったほどだ。
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