第三章 魔獣百鬼夜行
第三章 魔獣百鬼夜行(1)恵まれぬ人々
オーリア帝国、ノール・ノルザニ伯爵領。
このあたりまで来ると白壁の家の間を這うような電線なども見当たるようになった。電化されているということだ。
ノナが運転する車の窓から、リサは外を眺めている。
それにしても、この街の電気配線は雑なように見える。秋津洲財閥の電力系の企業が手抜きをしたのか、それとも、彼らに充分な金額が支払われなかったのか……。
などと思っていると、明らかにメインの送電線から送電線を分岐させ、無理矢理自分の家屋に引き込んでいるような、お手製の配線が多いことにも気づく。
うわあ。と、声が出る。これは秋津洲電力の想定したような使用方法だろうか。危なくなければいいのだが、などと人ごとながら心配する。
「なかなか見当たらないですねー」
ハンドルを握るノナは、そう言いながら今夜泊まる宿を探している。
このノール・ノルザニ伯爵領から、次の目的地のファーリアンダ侯爵領までは自動車で一日半の距離だ。おそらく、街道上の宿場で一泊するだろう。
だが、いまから街道を走れば、車中泊は免れない。リサとしてはそれは避けたかった。そういうわけで、このノール・ノルザニ伯爵領で宿を探してくれているのだ。
とはいえ、秋津洲物産から借りた自動車を宿から遠くには停めたくない。そういったわけで、空き地に隣接しているような宿を探しているのだが、そんな絶妙な条件の宿がないのだ。
きっと街外れに行けば、空き地などいくらでも見つかるだろう。けれども、表通りから遠くなるにつれ、宿のような旅行者向けの施設は減っていく。難しいところだ。
助手席に座っているリサの背後――中段の席から、フィズナーが彼女に言う。
「ここ、ノール・ノルザニは魔獣闘技場で有名な街だ。魔獣と戦って、勝って名を上げようってやつが集まる場所でもある。ある意味、観光地だな」
「魔獣闘技場?」
「そう。魔獣と三回戦の戦いを勝てば商品がもらえるとか……。あ、左斜め前に闘技場が見えてきたな」
フィズナーが示したのは、石造りの堅牢なたてものだった。リサの知識では、イタリアのコロッセオが近い。ただ、大きな違いは、出入口が極めて少ないこと。魔獣の脱走に備えたつくりなのだろう。
「なんか大きな看板が立ってるね。『参加者募集中。勝利者には、三万帝国通貨と電子レンジ。主催、ノール・ノルザニ伯爵』……と」
「電子レンジか。いまとなっては、そこそこの貴族家や中流家庭なら持っているが、庶民にはまだまだ手が出ないものだからな」
「それなのに、たった三回戦勝てば電子レンジが手に入るんでしょ? 安くない? スポーツみたいなものなんでしょ?」
リサがそう問うと、フィズナーはうなる。
「うーん。そこそこ強力な魔獣が出てくるから、過去、それなりに死者も出てるんだよな。基本的には負傷して退場になるのがほとんどだ」
まったくスポーツ感覚ではなかった。
「……え。電子レンジに命賭けたくないんだけど」
「それでも、士官学校卒の箔や戦場での武勲なしで有名になれるのは美味しいと感じるやつも多い。騎士になれりゃ、家に一通り電化製品も揃うもんだが、それもできない庶民出にはありがたい存在なのさ」
「……わたしだったら、士官学校に行くかな。それか、他に自分に合ってる上級学校があれば。ほら、ノナの出た主計学院とか」
フィズナーはかすかに笑う。
「まあ、お前くらい腕が立ったり、頭が回ったりするんだったら、そっちのほうがいい。別に貴族の子弟でなくても上級学校へは行けるんだからな」
「じゃあ、どうしてこんなものが……」
「その上級学校の入学試験に何度も失敗するやつがあとを絶たないのも、また事実だ。世の中何でも自分基準で考えるもんじゃないぞ。だから、ここで戦う連中は命がけで人生をつかみ取ろうとしてる」
リサは自分の認識が甘かったことを思い知った。自分は恵まれている。日本でもたいていの大学・学部に行ける準備をしておきながら、入試を受けずにアーケモス大陸に渡ってきたのだ。受験に関して、彼女よりも悲壮感を漂わせている人間なんていくらでもいたはずだ。
「そうなんだ……」
「まあ、ここでの三回戦なんか、お前くらいの実力なら簡単だと思うけどな。試しに参加して、電子レンジ貰ってくるか?」
もはや、リサはつらい現実を垣間見た気がして、この魔獣闘技場をスポーツの場だとは考えられなくなっている。
「いや、いいかな。相手が魔獣だってのは気が楽でいいけど。必死で頑張ってる人の邪魔はしたくない。……ちょっと趣味に合わない気もするし」
その答えは、フィズナーはわかっていたようだ。
「だろうな。じゃあ、旦那はどうだ? 今回の魔獣は、舞踊剣、大目玉、騎士竜の三種だそうだ」
しかし、話題を振られたベルディグロウは顔を顰めるばかりだ。
「基本的に、魔獣は空冥力の歪みで発生する。発生すれば、
「そう言うと思ったよ。この街は品がいいとは言えない。恵まれない人間の命で遊んでいるような場所だ。俺も好きじゃない。だが、ここを必要としている人間もいる」
そんな会話をしていて、ようやくノナとリサは空き地に隣接した宿を発見した。空き地優先なので、中の様子はわからない。どうも中心街の宿に比べれば、やや古めかしいが、電線も這っていることだし、電化されていることを祈りたいと、リサは思った。
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