第一章 捨て子と拾い子(3)懐かしい手応え
不思議と、トモシビは初めての日本食を好き嫌いせずに食べた。苦手な食べ物などはないのだろうか。むしろ、アレルギーなど持っていてはいけないから、リサのほうが気を使ってやる必要がある。
そのあと、リサは、ジャージなどの運動着を借りるため、隊舎の事務部署に行った。ヴェーラ軍服でそのまま寝るのもどうかと思ったのだ。
日本を飛び出してから四年。もう四年とも言えるが、たった四年でもある。事務部署にはリサのことを憶えていてくれた人もいて、快く運動着を貸してくれた。ただ、当然だが子供サイズはないので、大きめの大人用シャツをワンピースのように着ることにした。
服を確保してから、リサはトモシビともにシャワーを浴びた。懐かしいシャワールームだった。日本の石鹸の匂いで、急に当時に帰ったような感慨を抱く。リサは、嗅覚が一番記憶に作用すると、本で読んだのを思い出した。
シャワーを浴びてから、ふたりとも着替える。リサはジャージを着て衣服の伸縮性さえ懐かしく感じた。この肌が、懐かしさを訴えている。
ドライヤーを使って、トモシビの髪を乾かし自分の髪を乾かしてから、仮眠所へ向かう。女子仮眠所には二、三人が先にいた。四年前、自分が高校生だったときは、ここを使う人に会ったことはないというのに。
いまでは、『総合治安部隊』も民間から採用した女性の空冥術士がいくらかいるということだろうか。
そんなことを思っていると、リサは声を掛けられてしまう。
「新しい空冥術士のかたですか?」
そう言われて、リサは自分が左手に星芒具を装着していることに気づいた。シャワー後にこれを装着するのはもはや習い性だ。これは、日本では必要がないものだ。これがなくても言葉が通じるのだから。
「いえ、まあちょっとした。……でも、きょうは泊めて頂いているだけです。昔のご縁で。ほら、子供連れで、時間も遅かったので」
「そうですか」
幸いなことに、それ以上の追及はなかった。いろいろ聞かれれば、話が広がってしまうのは間違いないからだ。掘り返されれば、『総合治安部隊』のほぼ初期のメンバーであったことや、魔界大戦に参加したこと、ヴェーラ軍に所属していたことなどまで話が及んでしまう。
またここで『神殺し』の逢川リサなどと知られて、安寧を崩されてしまうのも困る。
リサとトモシビは一緒のベッドに入る。するとやがて消灯時間となり、非常灯以外の明かりがすべて消える。
トモシビが小声で言う。
「まま、明かり消えた」
「消灯時間だからね。寝なさいよーってこと」
リサがそう言うと、トモシビは掛け布団の中へ潜り込む。
「寝る」
「寝ようね。おやすみ」
++++++++++
翌朝、リサは事務部署に頼み込んで、しばらくジャージを借りたままにさせてもらった。ヴェーラ軍の軍服で街を歩き回るのは、できることなら避けたいからだ。
いまのリサには、軍服のほかにヴェーラ式の私服しかない。いずれにしても、この国では浮いてしまう。
また快諾してもらい、さらには軍用の外套まで貸してもらう。
リサはトモシビをつれて、タクシーで四ツ葉市内のほうへ向かう。ちなみに、トモシビはヴェーラ式の子供服(襟が首回りどころか頬まである)だが、そこまで目立たないことを期待している。
妙見中将の言ったことは本当だった。銀行ではあっという間にリサの預金口座が復活し、新しいキャッシュカードが手に入った。市役所ではすぐに住民票が発行された。現住所は仮に国防軍庁舎となっている。それはすぐに上書きするので問題はない。
そして、大泉ゆめ商店街の不動産屋へ行き、逢川家を買い取る契約を結んだ。一括、即金。住宅ローンなしだ。それには、ヴェーラ星辰軍での俸給もさることながら、ここ一帯の不動産価格の下落が効いていた。
家の鍵を受領し、晴れて自分の手に戻ってきた逢川家まで、再びトモシビと一緒に歩く。
家の前に着くと、トモシビがひと言言う。
「ここ、きのう来たとこ」
「そうだよー。ここが新しいお家だからね。トモシビとママの」
リサはそう言いながら、門扉に掛かっている『売物件』の看板を外し、塀に立てかけておく。こうしておけば、いずれ売主が回収しに来てくれるだろう。
ドアに鍵を差し込み、回すと、がちゃりと開く。懐かしい手応えだ。
++++++++++
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