第九章 懺悔(2)悪人退治——自らの欺瞞を
満月の夜。
日本、青京都、四ツ葉市の廃墟の屋上だ。
リサには見覚えがある。
彼女はかつてはここを跳び回り、夜のパトロールをしていた。与えられた力があるのなら、それを正しく行使しなければならないと信じて。
日本で夜のパトロールをしていたのは、結局、十八歳のころの一年間程度だっただろうか。だというのに、やけに印象的だ。記憶に残っている。
その間、倒した悪漢は数知れず。街の治安も格段によくなった。そのことに、高校生のころの自分は満足していた――はずだ。
リサが振り返ると、三人の女の影があった。いずれも、リサと同じ薄い茶色の髪色で、深い緑の目が月夜に輝いている。
ひとりは、学生服の上にダッフルコートを着て、口元をマフラーで隠すように巻いている、ふわふわの長い髪をもつ、高校生のころのリサ。
もうひとりは、ズボンつきワンピースを帯で締め、髪を後ろでまとめ、砂よけの帽子と短い外套を着た、アーケモス大陸を旅していたころのリサ。
最後のひとりは、ストレートの髪。首まである橙色のスリットつきワンピースをコルセットのようなベルトで締め上げ、タイトなズボンを履いている、神界に攻め込んだときのリサ。
三人のリサが、光の槍を持って立っている。
「ああ――」
リサは嘆息した。
彼女らはリサに向けて光の槍を構える。
リサもまた、左手に光の槍を喚び出し、構える。
「いままでごめん」
「うん」
うなずいたのは、高校生のころのリサだった。
「ずっと、
「うん」
閃く光の槍。最初に仕掛けたのは高校生のリサだった。リサはそれを弾く。次に飛び込んできたのはアーケモスのリサ。一撃、二撃、三撃、相手の打ち込みに合わせて払う。
そして、神界攻めのリサ。あまりに的確すぎる突きを回避して、リサは相手の殺意を感じとった。いや――彼女らは紛れもなく、リサを殺そうとしているのだ。
満月。いずれのリサも能力が最大限に解放されている。
高校生のころのリサが槍で殴りかかってくる。リサはそれを受け止める。
「リサ、あなたはここでミオヴォーナの記憶を取り戻したんじゃない。この記憶は、
リサは身体を回転させ、その力で高校生のリサを弾き飛ばす。だが、相手の構えはまったく崩れていない。
三人の過去のリサが次々と襲いかかってくる。
リサは槍という武器の特性を生かし、自ら回転し、武器も回転させながら、すべての攻撃に応じる。
暗闇の無人の街に、閃く光の槍。
『遠見』と『遠見』、『未来視』と『未来視』の勝負になる。
四人のリサで急速に未来を書き換えていく感覚。
三人の殺意と、
ああ、同じだと、リサは思った。神界でミオヴォーナと対峙したエグアリシアと同じ気持ちを味わっている。
「わたしはずっと、この記憶と、自分に向かい合えずにいた。自分がおかしいのだとさえ思っていた」
とにかく前に進むことだけを考えて攻めてくる高校生のリサを弾きながら、より洗練された槍さばきを魅せるアーケモスのリサを相手する。
その横合いから、とにかく必殺の一撃を繰り出そうとする、神界攻めのリサの攻撃を回避する。
だが、リサには、どのひとりをとっても、倒すつもりはなかった。みんな被害者なのだ。騙していたのは自分のほう。
夜の廃墟で倒されるべき悪人は、自分なのだ。
「そうなんだろうなという確信はあった。でも同時に、そうだったら怖いなという怖れもあった。その状況で、わたしはなにも選ばずに無視をしてきた」
神界攻めのリサが斬り込んでくる。さすがに彼女は強い。最も経験のある戦士だ。
だが、彼女は泣いている。涙を流し、リサを葬り去ろうとしている。彼女は穢されたのだ。リサの欺瞞によって。リサが長年、状況を看過してきたせいで。
「ぜんぶ、ぜんぶ、わたしの過ちなんです。みんなの人生を歪めてしまった。ごめんなさい」
リサは号泣した。
すべてはそこが起点だ。彼女は自分のこととなると鈍い。それは、彼女が意図的にか、無意識的にか、自分を勘定に入れることを怖れたからだ。
その恐れが誰の責任かなど、問うても仕方がない。リサもまた被害者なのだと主張してもいい。歪んだ家庭で育ったせいだと言ってもいい。母が、そして姉が悪いのだと言ってしまってもいい。
だが、リサは、そうすることではなにも解決しないとわかっていた。
リサは膝を折り、廃墟の屋上にひざまずく。そして、光の槍を消し去る。
「……わたしの……過ちなんです」
高校生のリサが、アーケモスのリサが、そして神界攻めのリサが、順に光の槍でリサの胸を突く。
ヴェーラ星辰軍の赤い礼服を着ているため、最初はわかりづらかった。だが、両膝を伝って血が池のように広がって初めて、決定的な深手をもらったことがわかる。
三本の槍で胸を突かれたリサは、過去三人のリサを見上げ、血を吐きながら、涙を流しながら、懺悔する。
「ごめん……なさい」
そうして、リサは倒れる。
悪人退治はリサの仕事。ならばこそ、リサたちは見事に倒してみせたのだ。逢川リサという罪のない女を苦しめつづけてきた、欺瞞というものを――。
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