第四章 ファーリアンダ

第四章 ファーリアンダ(1)残酷なすれ違い

 ファーリアンダ侯爵領。


 オーリア帝国で六番目の大都市だということで、空を這う電線などから推測すると、充分に電化されているようだ。露店の商品までもが色付きの電球でピカピカに彩られていて、万年クリスマスを思わせる。


 青空に映える白壁の都市。とはいえ、高層の建築はごく少なく、道は広くて空も広い。住み心地がよさそうだなと、リサは思う。


 車を降りてすぐ、ノナが手配してくれたのは宿だった。宿といっても五階建てで、もうホテルといって差し支えはなさそうだ。


 車での睡眠は荷馬車よりも遥かによかったものの、それでも身体が疲れていることは否めない。それに、これから貴人に会うのだ。身体を洗いたいというリサの願望を、ノナは汲み取った。幸い、この宿にはシャワーがあり、汗を流すことができる。


 リサは嬉しくてたまらない。


「さっぱりした!」


 そう言って出てきたリサは、髪もひさしぶりにきちんと洗われたせいか、元々うねっている癖毛が、いつもよりも軽やかにうねっているようだ。窓から風が入れば、ふわりと揺れる。


 少しばかり仮眠もとったので元気いっぱいだ。これなら貴族と会っても大丈夫、というような気構えができている。


 もちろん、シャワーを浴び、仮眠をとったのは彼女だけではない。ノナも、フィズナーも、ベルディグロウも、それぞれ同じようにして、旅の疲れを少しばかり癒やしていた。


++++++++++


 リサたち四人は宿から大通りを歩いて、ファーリアンダ侯爵邸へと向かう。


 徒歩の距離であったのと、車で乗り付けるのもどうかという、リサの感性による判断だ。それに、仮眠後、シャワー後の散歩は気持ちがいいものだ。


 それにしても、ファーリアンダ侯爵領は美しい街だ。白壁ので統一された建物群に、おそらく都市計画として植えられている樹木が調和している。よほどセンスのいい人物がデザインしたのだろうと、リサは考える。


 すれ違った人々が噂話をしているのが聞こえてくる。


「ジル・デュール公爵領が崩壊したって話、あれ本当だったらしいぜ。出入りの業者が見てきたって」


「イルオール連邦の地下組織がやったらしいじゃないか。しかも、皇帝陛下の婚約者まで傷つけられたとか」


「一説には、魔族の介入もあったとか言われてるらしいぞ」


 ジル・デュール公爵領から少しばかり距離のあるこの街では、やや他人事のように、少しは当事者のように話されている。ここでの当事者性というのは、せいぜい、そんな恐ろしい敵がこの街に来たらどうしよう、というものだ。


 リサは憶えていた。フィズナーはその事件の当事者だった。彼が無言で歩いているので、小声で話しかける。


「フィズ」


「……構わない。大筋、噂は事実と同じだ」


 空は晴れているが、曇り空の気持ちで、一同はファーリアンダ公爵邸の前へと到着した。


 そこには門番がいたが、フィズナーが侯爵令嬢からの手紙をもとに説明すると、すぐに中へと通されたのだった。


++++++++++


 一同は客間に通される。テーブルを中心に、ふたり掛けのソファがふたつ、ひとり用のソファがふたつあったので、リサ(ひとり掛け)、フィズナーとベルディグロウ(ふたり掛け)、そしてノナ(ひとり掛け)の順に座った。


 残ったふたり掛けのソファを、家主の娘であるエドセナ嬢のために空けておいた格好だ。


 ほどなくして、客間のドアが開き、美しい女が現れる。艶のある茶色の髪、愁いをたたえた切れ長の目、細い腰に手足。おそらく着ている衣服は高価なものなのだろう。だが、飾りっ気が少ない。


 エドセナは一同に深々とお辞儀をして、「ようこそ、おいでくださいました」と言ってから着席した。


 あまりに貴族然としていない。モリオン子爵のインパクトからすると、これではまるでご隠居さんだ。あらゆる野心が終わってしまった人のように見える。年齢はリサとあまり違いはないはずなのに。


 この様子には、フィズナーが驚いていた。彼はエドセナと面識があるはずだが、違和感を感じ取ったようだ。


「あの、エドセナ嬢……」


 フィズナーが話し始めるやいなや、エドセナは再び頭を深く下げる。こんどは、彼個人に対してだ。


「フィズナー・ベルキアル・オン卿。誠に申し訳ございませんでした。わたくしの至らないばかりに、あのような惨事を引き起こし……」


「……たしかに、幾ばくかはあなたの野心によるものではあったと思います。だが、それに付け入ったのは『黒鳥の檻』や魔族レグロスです。それについては、ラルディリース様も許しておられた」


 フィズナーの口調は、騎士であったころの堅苦しく、丁寧なものになっていた。リサの予想通りだった。彼は、公式の場では、このような話し方をする。


「フィズナー様が日本に発たれてからですが、ラルディリース・グム=ジル・デュール様もこの地、オーリア帝国を去りました」


「なっ、まさか日本に!?」


 フィズナーは驚きの声をあげたが、エドセナは力なく首を横に振る。


「いいえ逆です。イルオール連邦へ行きました。ゾーガン様や侍女も連れてですが」


 フィズナーは息を飲む。


「なっ……。なぜ止めなかった!」


「止めましたとも! でも、フィズナー様が『黒鳥の檻』を追って日本へ行ったように、ご自分もイルオール連邦で魔族と決着を付けなければならない、と……」


「なぜだ……。なぜそんな無茶を……」


 愕然として、フィズナーはソファーの背もたれにずっしりと持たれ掛かる。


「あのかたは、責任感のある方なのです。いまやその身は公爵位。所領を滅ぼされた借りもあるのでしょう。ですが、それ以上に、フィズナー様との未来のためにと仰っていました」


「俺、との……?」


 エドセナがうなずき、髪が顔の前に垂れる。


「はい。おふたりがただ平和に暮らすには、この地から魔族と『黒鳥の檻』の両方が根絶される必要があったのです」


 フィズナーが目頭を押さえる。


「あのかたはまた、要らぬ責任感を……。だが、俺のせい――なのか」


 すべてが空回りしている。フィズナーはふたりの明るい未来のために、『黒鳥の檻』を追う復讐者となった。だが、そのことが、公爵令嬢が同じように復讐者となる切っ掛けになっていたなんて。


 あまりにも、残酷なすれ違いだ。

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