第十三章 何者でもないわたし

第十三章 何者でもないわたし(1)なにひとつ

 リサが目を覚ましたのは、『総合治安部隊』の女子隊員用の仮眠室だった。


 うーん。そんな声をあげて目を開けると、そばに鏡華とノナがいたらしく、すぐに喜びの声とともに声を掛けられた。しかし、まだ頭がギシギシ痛んで、ちゃんとした受け答えはできない。


 すべてに「うん」と答えるので精一杯だ。


 ノナが叫びながら仮眠室を出て行って、鏡華が室内に残った。


 リサは自分の手が鏡華に握られていることに気づいた。いったい、鏡華はいつからここにいるのだろう?


 時計を確認したところ、魔竜カルディアヴァニアス退治のために出撃してから、十八時間が経過していた。それでもなお、頭痛は酷いし、身体中がきしんでいる。


 だが、それはそれとして、鏡華の涙混じりの笑顔と、目の下のクマが気になる。


 気になりはするのだが――言うべきことはこちらだろう。


「鏡華」


「なに?」


「……心配してくれて、ありがとう」


 その言葉を聞いて、鏡華は肩を震わせて泣き始めてしまった。


 おかしいな。酷いことは言ってないはずだけど……。


 リサはよく動かない頭でそんなことを考えていた。だが、やがて、ひとつの仮説にたどり着く。


 ああ、そうか。これは、いままで、心配を受け取らなかったことのツケなんだ。


 リサは目を閉じる。


++++++++++


 魔竜カルディアヴァニアスと戦った女子高生については、報道ヘリが撮影していたものがテレビ放送されてしまった。


 マフラーで顔の下半分は隠れているものの、戦いながらコートからチラチラと見える学生服は、あの高校に違いないとか、この高校に違いないとか、さまざまな憶測を呼んだ。


 そもそも、巨大怪獣と戦う異能の女子高生というのは、ニュースバリューが大きかった。誰もが面白がり、ワイドショーでも度々、安易な番組が組まれた。


 だが、秋津洲財閥の暗躍により、数日のうちに、そういった報道はまるっきりなくなってしまった。さらに、国防軍が自ら魔竜鎮圧をしたと表明したことで、「戦う女子高生」は都市伝説程度のものになった。


 しかし、このことで、日本の政界の裏側が動きを止めたわけではなかった。むしろ逆に、目まぐるしい速さで、世の中が変わっていく。


 まず、日本政府により、秋津洲財閥が公式に武装化を許可された。これで日本には、国防軍という公的な武力と、秋津洲財閥という私的な武力が併存することになる。


 さらに、国防軍予算が増大し、そのほとんどが『総合治安部隊』へと流れた。いまだ、日本政府の政治家や役人たちは知らないままだが、日本という国は日本人空冥術士の育成へと、巨額の投資を始めたのだ。


 また、秋津洲政治塾への入塾者が三百人を超えたという。そして、すでに五人ばかり、国政に人を送り込んでいるらしい。着々と、秋津洲財閥の息の掛かった政治家が製造されつつある。まるで工場のラインだ。


++++++++++


 三月中旬。もう高校も卒業だ。


 在校生送辞は次期生徒会長となる黒田が読み、そして卒業生答辞は卒業生たる鏡華が読んだ。


 きょうも肌寒い。着込んでいても肌寒い。


 三月も四月も花の季節ではない。梅も桜もどこへやら。それがいまの日本だ。桃色の背景とともに描かれる卒業式は、いまや映画やマンガの中にしかない。


 鏡華とは涙しながら抱きしめ合った。その様子を見てもらい泣きしていたノナも、一緒に抱きしめ合った。


 一方、男子勢は距離があった。


 黒田は、魔竜と戦った女子高生がリサなのではないかと訊こうとしながら、ちゃんと訊けずにいる。「ニュースで見た、あの見た目はどうみても逢川先輩だ。だけど、先輩が怪獣相手に戦うはずがない」……そういった葛藤が見える。


 寺沢はもっと遠かった。自身も卒業生であり、鏡華と同じ三田塾大学へ進学が決まっているというのに、表情が暗い。


 リサは、この高校生活のいつかの時点までは間違いなく思いを寄せていた、その相手――寺沢にそんな態度を取られるのは、つらかった。だが、彼にはたくさんのことを秘密にしてきたのだ。


 こうなるのも仕方のないことだと、自分に言い聞かせる。


++++++++++


 リサは卒業証書の入った筒を抱きしめながら、『総合治安部隊』隊舎の屋上に立つ。


 隣には、いつものように煙草を吸いに来たザネリヤがいて、煙草の箱から一本取り出そうとして、何を思ったのか、それを箱に戻した。


「卒業、おめでとう、リサ」


「ありがとう、ザン」


 全国に蔓延っていたカルト宗教『人類救世魔法教』は滅び、排外主義の反社勢力『大和再興同友会』は弱体化し、海外テロ組織の『黒鳥の檻』は日本から撤退した。


 あの戦いで、フィズナーはまたもグラービを取り逃がしたことを悔しがっていた。無理もない。彼は『黒鳥の檻』ヘの復讐心で日本に来ていたのだから。


 見た目上、これで、すべてが片付いたように見える。


 だが、何も終わっていない。


 確かに、魔竜カルディアヴァニアスを倒すまでのことはできた。けれど、結局、ラミザに勝つことはできなかった。いま、自分が日本に残っているのは、勝ったラミザが無理矢理連れて行かなかったからに過ぎない。


 まだ、終わっていない。


「ラミザを追って、アーケモスに渡るのかい?」


「うん」


 そうだ。わたしはアーケモスに渡らねばならない。リサは決意する。


 ひとつは、ラミザにもう一度会い、真意を問い質すため。


 ひとつは、ベルディグロウの願いである、神域聖帝教会を訪ねるため。


 ひとつは、フィズナーの敵でもある『黒鳥の檻』の残党を追うため。


 ……ああ、これも忘れてはいけない。逢川ミクラの足跡を追うため。


++++++++++

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