第十二章 禁忌のマモノ(2)能力の発露

 出撃前には、ザネリヤが星芒具の『連繋言語』を強化してくれた。『連繋言語』とは、空冥術を引き出すための星芒具のコアだ。見た目は、星芒具という籠手に埋め込まれた宝石の形をしている。


 わずかな強化だというが、それでも命が掛かっている戦いの前にはありがたい。


「それ、あくまでも空冥術が使える人種向けのチューニングだからね」


 ザネリヤはそう言った。つまり、まだ、日本人向けの星芒具とやらはできていない。アーケモス人やファゾス共和国人など、空冥術が使える人類に向けたものだということだ。


 この言葉に含まれる意味はふたつ。これまでもアーケモスの星芒具を使用してきたリサには有効だろうということ。そして、もし本当に有効なら、リサはやはり日本人として規格外だということだ。


++++++++++


 リサたちは『総合治安部隊』のミニバンで現地入りした。彼女らの到着情報が伝達されたのか、前線の国防軍軍人たちが引き上げてくる。


 それと入れ替わるように、四人の空冥術士が前進する。全員、空冥術で身体強化をしており、自動車のような速さで前進していく。


 ポジションはしっかり守っている。前衛がベルディグロウ。後衛がリサ。そして、ラミザとフィズナーは遊撃手だ。


 走りながら、フィズナーが言う。


「リサ、今回の作戦はお前が要だ。黒竜からは距離をとれ。遠距離から撃ちまくって気を引け。俺はベルディグロウの旦那の援護に回る。だからお前は、ラミザ参謀部員と一緒に動くんだ」


「……わかった」「わかったわ」


 リサとラミザは同時に答えた。


 だが、リサにとって、やはりラミザは不安要素だった。いや、なにしろ本能的な恐怖を感じる。恐ろしいのだ。



 魔竜カルディアヴァニアスへと接近する。遠近感覚が狂いそうな巨大な爬虫類。周囲のビルよりはまだ小さいが、角から放たれるビームで建物をなぎ倒し、それを踏み潰しながら前進してくる。赤坂地区が更地にされかねない。


 雄叫びを上げながら、ベルディグロウが大剣で魔竜の脚に一撃をくれる。武器の種類の関係上、これまで人間相手には手加減せざるをえなかった彼だが、ここでは思う存分力を振るうことができる。


 大剣でも、魔竜の脚を切り裂けたわけではなかった。だが、ウロコに傷を付け、衝撃を与えることには成功している。


 これは、もはや決定的だ。魔獣や空冥術士を相手にするのなら、既存の軍事力だけでは不足していることは明白だ。この先、日本は空冥術士に投資をしていくほかはない。


 とはいえ、魔竜カルディアヴァニアスは伝説の古代魔獣としても最悪の部類だ。角に稲光を起こし、ビームでベルディグロウを焼き払おうとする。


 これを、後方にいるリサが遠隔攻撃をすることで、意識を散らせる。空冥術で光の槍をつくり出した彼女は、遠見の能力を使い、魔竜カルディアヴァニアスの顔に向けて光弾を連射し、次々に当てていく。


 距離が遠い分、痛打にはならないが、魔竜にとってこれは相当気に障ったらしい。手当たり次第に暴れ回り、腕や尻尾でビルをなぎ倒し、周囲を瓦礫の山に変えていく。


「リサが攻撃をしてくれて助かった。黒竜の光線は、たとえ空冥力の盾で防いでも、長く保つようなものではない」


 ベルディグロウがそう言った。一緒に戦っているフィズナーも同意する。


「たしかに。こんな途方もない攻撃、受けてられない。俺たちみたいな訓練された空冥術士でも手に余る」


「だからこその、リサの主砲だ」


「ああ、なんとかそこまで……」


 ベルディグロウとフィズナーの会話の最中に、魔竜カルディアヴァニアスが歩く速さを早め始める。その向かう先は、リサのいる場所だった。


「バレたのか!?」


「あの莫迦、連射しすぎだ!」


 フィズナーは慌てて退却する。ラミザに任せているとはいえ、魔竜カルディアヴァニアスがリサを標的にすると危険だ。


 しかし、後方からリサが大声で叫ぶ。ベルディグロウやフィズナーからは、米粒のように、ごく小さく見えるような距離からだ。


「大丈夫! わたしの仕事は誘導だから!」


 次の瞬間。予備動作なしで魔竜カルディアヴァニアスの角からプラズマを帯びたビームが真っ直ぐに打ち出される。それがリサに到達するまで、まばたき一回分も必要ないほどだった。


「「リサ!」」


 ベルディグロウとフィズナーが叫んだ。


 しかし、リサは側方宙返りでビームを回避する。コート下の学生服のスカートが翻り、マフラーが回転に合わせてくるりと回る。


 ビームはリサの後方の道路をえぐり、停車してあった乗用車やトラックを吹き飛ばす。


 まるで敵の動きが予想できているようなリサの動き。それを見て、ラミザは笑みを浮かべた。


++++++++++


『これが魔法! これが魔法であるぞ!』


 魔竜カルディアヴァニアスの上空をヘリコプターが飛んでいる。ヘリコプターの拡声器からわめき声を発しているのは、『人類救世魔法教』の教祖・赤麦だ。


『わが魔法にひれ伏すものは布施をせよ! そして国教として認めよ!』


 この期に及んで喚き散らしている赤麦。しかし、元々頭のネジが外れたような彼とて、この状況には焦燥していた。そしてその焦燥が、いよいよ彼を狂気へと駆り立てる。


 ヘリコプターを操縦しているのは、信徒大臣のフランツだった。しかし、彼は教祖を見下すのを隠さなくなった。


「いったい何を言っているんですかネー。このドラゴン、もはや私たちでコントロールできないじゃないですか」


「なぁーにを言っとるんだフランツ君! これこそわが力の象徴! 国会議事堂へ向かっているのはチャンスだ。国を乗っ取るのだ!」


「ハァ。もうあなたとはやっていられませんよ。ここで言い訳のひとつでも放送してくれることを期待していたんですがネ」


「怖じ気づいたか信徒大臣! コラ! どこへ行く!」


 赤麦がキイキイと深いな喚き声を上げている間、フランツはヘリコプターを旋回させ、元来た方へ帰ろうとする。


「これ以上愚か者の世話は無駄と悟っただけですヨ」


 フランツ自身はそう言いながら、自分こそは赤麦と違って冷静だと信じていた。いや、そう信じていたかった。

 

 だが、彼自身も、ついに日本社会すべてを敵に回したという事実に圧し潰されそうになっている。これからどこでどう生きればいいのか。


 そんなとき、空が光った、ように――。


 赤麦やフランツの認識より早く、ヘリコプターは撃墜された。言わずもがな、魔竜カルディアヴァニアスの角からのビームの一撃だった。


 『人類救世魔法教』幹部の最後の生き残りは、焼け焦げたヘリコプターの残骸となって、市中に墜落したのだった。


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