第十二章 禁忌のマモノ

第十二章 禁忌のマモノ(1)臨戦態勢

 一月中旬。冬休みが終わり、リサは第四学期の始業式に出ていた。一年生から三年生までの全員が集められ、体育館で校長先生の訓示を聞いている。年中行事のひとつだ。


『受験も控えた三年生諸君は、大変だろうが勉強に邁進していただきたい。OB、OGの方々が各界で立派に活躍されているように、みなさんにもなっていただきたいと思うし、またそうなると確信しています』


 要は、なんか知らないが頑張れということだ。リサは、こういった中身のないことをさも大事かのように行うのは好きではないが、形ばかり気にする日本のことだ――これは変わらないだろう。



 すると、小声で、「逢川さん」「逢川さん」と呼ぶ声が聞こえる。


 振り返ると、整列している学生たちの間を縫って、教師がひとり、リサのところへやって来る。しかし、別のクラスの担任だろう。廊下で見かけたことがあるなという程度で、名前は知らない。


 おそらく、向こうも「逢川リサ」が誰なのか知らず、総当たりで探しているのだ。それでは困るだろうと思ったリサは、小さく手を上げる。


「逢川はわたしです」


 それをみて、その教師はリサのほうへと小走りに近づいてくる。


「ああ、あなたね。あなた宛に電話があったのよ。すぐに職員室に来てくれる? 車も来るそうだから」


「わ、わかりました」


「じゃあ、こっちへ」


 リサは促されるまま、始業式を途中退席する。くだんの教師とは、体育館の隅を走って、校舎のほうへと向かう。


「えっと、先生? 誰からの電話ですか? 車って……」


 リサは教師に質問したが、半ば答えはわかっていた。これはその答え合わせだ。


「……国防軍から。どうしてそんなところから電話が来るのか、なぜ逢川さんのことを知っているのか、全然わからないけれど」


「いえ、大丈夫です、先生。こちらは事情がわかっていますので」


++++++++++


 リサはすぐに市ヶ谷の『総合治安部隊』隊舎へと到着した。車から降りると、真っ直ぐに会議室二-Sへと向かう。


 このころには、リサの左腕には星芒具がしっかりと装着されていた。それに、マフラーも戦闘用に口元を隠すように巻き直されている。メガネは外して、カバンのなかに収めてある。


 臨戦態勢だ。


 廊下でラミザと合流しつつ、一緒に会議室に入る。ふたり以外全員がすでに集結ずみだ。


 軍とパトロン側としては、妙見中佐と澄河御影が。実戦部隊としては、フィズナーとベルディグロウが。技術部隊としてはザネリヤと紹が、それぞれ着席している。


 岸辺、天庵、淡路の三人は、技術部隊よりも更に向こうの机に並んで座っている。まだ怪我が治りきっていない淡路はともかく、岸辺や天庵までそんな離れたところに座らされているのは、リサには違和感がある。


 会議室一番前の壇上に立った安喜やすき優子少尉が、全員の着席を見てブリーフィングを開始する。


「事態はまず最悪です。青山エリアで立ち往生していた魔竜カルディアヴァニアスは、脱皮するところだったのです。脱皮後、全高は三十メートルと倍近くの大きさになりました。これは、八階建てのビルよりも大きい計算になります」


 脱皮。爬虫類なのだから、それくらいしてもおかしくないのかもしれない。とはいえ、出現時の倍に突然膨れ上がるとは、無茶苦茶が過ぎる。


「魔竜カルディアヴァニアス――以下、黒竜と呼称しますが、それは突然移動を開始し、赤坂地区で無差別攻撃をしながら、永田町方面へと向かっています。これが報道機関の映像です」


 安喜少尉が部屋の明かりを落とし、会議室前方のスクリーンに報道録画を再生する。

 

 そこには、まるで怪獣映画のように暴れ回り、建物を破壊し、角からのビームで周囲を根こそぎ焼いていく、巨大な黒い竜の姿があった。


「現在、国防軍が対抗に当たっています。しかし、この黒竜は想定の通り、空冥力で活動しています。つまり、巨大な空冥術士のようなものです。国防軍の実弾攻撃はウロコで跳ね返されるうえに、ミサイル攻撃はすり抜けてしまい、周辺地域に直撃するというありさまです」


 動画には、国防軍の奮戦も映っている。しかし、攻撃が通らず、まるで空しい。飛び交う弾丸は、魔竜カルディアヴァニアスを怯ませることすらできていない。せっかく投入された戦車が踏み潰されている。


 年始の特番にしては最悪の部類だと、リサは思った。


「そして作戦です。黒竜に対しては、『星五つ』レベルの空冥術士でなければ応戦は不可と判断しました。よって、淡路、岸辺、山里天庵の三名は隊舎にて待機。出撃は、逢川さん、フィズナーさん、ベルディグロウさん、ラミザさんの四名編成とします」


 これも苦渋の決断だった。このところのラミザは、不審な点が多すぎる。だが、強力な戦力になることについては、海獣タレアとの戦いの際に証明済みだ。


 そして今回、淡路、岸辺、天庵は、明確に戦力外とみなされたのだ。それには、彼らが全員、近接型の術士であるということも関係している。彼らが力を発揮するには、黒竜に接触する必要がある。しかし、その前にビームで灼かれて一巻の終わりだ。


 雰囲気が重苦しい。なにせ、国家中枢機関の存亡が決まるのだから。


「空冥術士がどれほど保つかは不明です。しかし、出撃メンバーの四人であれば、ある程度、相手の力を見極める程度ではできるはずです。それに、逢川さんには、遠隔攻撃という手段もあります。危険にはまり込まず、相手をこのポイントに誘い出してください」


 安喜少尉はプロジェクターのスクリーン上に地図を表示し、魔竜カルディアヴァニアスの現時点の位置と、それをおびき出すべき位置を指し示す。それは、町割りで永田町地区にギリギリ入らない、手前のポイントだった。


「この地点に、『黒鳥の檻』から押収した彗星砲を移送中です。彗星砲の点火イグニッションは空冥術士であれば可能です。これには、遠隔攻撃可能であり、四人の中で最後方を守っている逢川さんがあたることとします」


 彗星砲――以前の説明では、艦艇に据え付けるような立派な兵器だと言われていたはずだ。実弾兵器と違い、空冥術士にも有効な兵器。つまり、魔竜カルディアヴァニアスにも通用するというわけだ。


 安喜少尉は最後に締めくくる。


「この『総合治安部隊』始まって以来の防衛戦です。絶対に、最終防衛ラインを守るようにしてください」


++++++++++

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