第九章 サニーサイド常夏パーク(4)模擬戦

 翌朝、和食的な朝食を食べたあと、一同は剣道場に集められた。


 Tシャツとジャージを着た安喜少尉は、全員に向けて宣言する。


「これより、模擬戦を行います」


「模擬戦?」


 集まった他の七名もみな、Tシャツにジャージという出で立ちだ。ちなみに、この服装も常夏パークからレンタルしたものだ。

 

 全員のシャツの胸元に『TOKONATSU』とプリントしてある。


 筋肉質過ぎるベルディグロウは身体に合うシャツがなかったのか、シャツが――もとい、『TOKONATSU』がはちきれそうだ。


「そうです。武器はこの筒に入っているものから、好きなものを取って下さい。武器は全部スポンジ製。当たっても怪我はしません」


 見れば、筒の中に様々な長さのスポンジの剣などが立てられている。その様子は、さながら傘立てだ。


 言われるままに、一同はスポンジ製の武器を取っていく。リサは、槍がなかったので、仕方なく棒を手に取った。おそらく棒術用のものだろう。天庵も同じく棒を取っていた。そういえば、彼の武器は錫杖だ。そんなものがスポンジ製で存在するわけがない。


 安喜少尉がベルディグロウに言う。


「ベルディグロウさんの持っているような大剣は用意できなかったので、この中の長剣を代わりに使ってもらえますか」


「別に構わない」


 ベルディグロウは用意された中で一番長い剣を取る。


 こうして、全員がスポンジ製の武器を手に取った。スポンジと言うにはやや堅いが、当たっても怪我をしないのは本当だろう。



「では、みなさんには、それぞれ二分ずつで打ち合いをしていただきます。ルールとして、空冥術による身体強化はなしとします。純粋に、自分の力だけで戦ってもらいます。これは、不利な状況を切り抜ける訓練だと思ってください」


 空冥術なし、ときたか。安喜少尉の説明に、リサは緊張する。これは明らかに、空冥術がない素体としての実力では劣るリサにとって、かなりの難題だ。


 リサはここで、もしや安喜少尉は、リサの能力の限界を知ろうとしているのではないかと思った。いや、もっといえば、リサが肉体的には普通の高校生女子の域を出ないことを明らかにしたいのではないか。そして、『総合治安部隊』を辞めるという判断に促したいのではないか、と疑いさえした。



 試合は各二分ずつ。相手を変えながら順繰りに行われる。


 全員同じだが、リサが相手にすることになる相手は五人。この五人を相手に、一本を取っていかなければならない。ちなみに、武器を相手の身体に当てれば一本だ。


「始め!」


 安喜少尉の号令だ。


 一試合目。最初から強敵が来てしまったと、リサは思った。相手はフィズナーだ。


「まあ、お互い、空冥術はなしか。軽く行くからな」


 気づかいのつもりだろうが、リサはそういった気づかいは好きではない。


「空冥術なしとはいえ、しっかりまじめにやってみて。わたしだって、軍人になったんだから」


「そうか……。なら、それでいく」


 フィズナーが地面を蹴り、斬り掛かってくる。


 リサはそれを棒の柄で防ぐ。しかし、即座に、フィズナーによる突きが入る。回避できず、リサは突きを胸に受けてしまう。スポンジだから痛くはないものの、本物で刺されていたら死んでいただろう。


 ダメだ……。リサは愕然として、両膝をついた。打ち合いになったときに、相手の攻撃が異様に重い。つまり、普段、どんな敵とでも打ち合えていたのは、空冥術のおかげだということだ。


 心配した様子で、フィズナーが手を差し伸べてくる。リサはその手を取り、立ち上がる。


「だ、大丈夫……」


 この条件では、空冥術で遠距離攻撃ができるわけでもないから、遠見も意味をなさない。また、空冥術なしでは、相手の攻撃を読むこともできない。


 案の定、二戦目のベルディグロウにも、圧倒的な速さで敗北を喫した。


 まるで打ち合いにならない。体重や筋力が違いすぎる。棒で受けているはずの攻撃なのに、身体が地面から浮くような威力だ。


 リサは隙を突かれ、肩にスポンジ長剣を当てられ、試合終了となった。


 手加減されている。だが、もしそんなふうに手加減されなかったら、いかにスポンジ長剣であっても、相当痛いだろうと想像はついた。


 三戦目の天庵にさえ腕力の差と技術力の差で負けたときは、さすがに愕然とした。リサには、天庵がくるりと回転して、棒を当ててきたのに対処できなかった。……見えてはいた。しかし、身体が思った速さで動いてくれない。


 四戦目、岸辺を相手に戦ったときにはいい勝負になった。なにせ、岸辺のほうも、これまでの試合で相当に体力を消耗していたからだ。


「はは、さすがに逢川さん、やりますね……」


「そっちこそ……」


 無駄口を叩いている余裕はない。ここで負ければ全敗確定だ。なんとしてでも意地を見せなければという思いがあった。


 しかし――。


 リサは岸辺の攻撃を回避しようとして、脚をもつれさせて転んだ。すぐに立ち上がろうとしたが、うまくいかない。軽く捻挫をしたらしい。


「大丈夫ですか?」


 岸辺がリサに訊いてくる。その状況にすぐ反応した安喜少尉が、リサに不戦敗を言い渡す。あまりにも残酷な不戦敗だ。


 リサはつい、空冥術で身体強化されているときのように、跳躍しようとしてしまった。だが、それは本来のリサの脚力を超えている。それゆえ、転んで捻挫をするという失態を演じることになってしまった。


 なんということだろう。リサは脂汗をかいていた。わたしは、空冥術があってはじめて、ようやく戦えるだけなんだ……。



「大丈夫?」


 脚を痛めて座り込んでしまったリサに、ラミザが話しかけてくる。リサにとっては、彼女との試合が最後だ。


「なんとか。ラミザさんはどう? 戦績は」


「二勝二敗というところね。日本人には勝たせてもらったけど、オーリア帝国の騎士と神官騎士はさすがだわ」


「やっぱり、あのふたりは、あれで軍人なんですね」


「空冥力が枯渇した状況での戦闘も考えて訓練するものだから。でも、それは戦略上の失敗よ。そんな事態になったら、参謀部が責任を取らなくちゃ」


「……なるほど」


 空冥術というのは強力な術だ。日本でいうなら、兵器として運用されているものだと考えればいい。それが使えない状態で戦うということは、国防軍でいえば、弾切れの兵士に突撃を命じるようなものだ。


 ラミザの言うとおり、それは戦略的敗北にほかならない。


「それより見て、フィズナーとベルディグロウ」


「うん?」


 ラミザに言われて見てみれば、フィズナーとベルディグロウが打ち合いをしている。それも激しい。


 空冥術なしの状況で、互いの剣筋が見えている、ということにリサは驚愕した。ベルディグロウも相手がフィズナーであれば、容赦なく攻撃を押し込んでいる。だが、フィズナーはそれを受けつつも、力の方向を逸らし、致命打になることを避けている。


 お互い、すさまじいまでの致命傷狙いの剣筋であり、見事なまでの回避だった。しかし、これでは千日手だ。


「そこまで!」


 安喜少尉の合図で、フィズナーとベルディグロウの試合が終わる。二分間。リサの目にはあまりに長い二分間だった。


 そして思い知った。リサは、このふたりには完全に手加減されていたのだと。


「じゃあ、リサ、わたしとあなたの番が残っているわ。立てる?」


 ラミザにそう言われて、リサは立ち上がった。足はもう、なんとか動く。だが、リサはもはや、この十七歳の参謀部員にさえ勝てる気はしないのだった。

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