第七章 約束の文化祭(2)こたつ談義

 十二月。あと二ヶ月で年の瀬も近づいてくる。


 リサには、九五年までの暦では十二月が一年の最後だった憶えがある。しかし、アーケモスという惑星の一員になったいまとなっては、大陸諸国の暦に倣って、一年は十四ヶ月、およそ三六六日だ。


 本日は日曜日。この一週間を七日単位で数える仕組みは、日本が地球から独自に持ち込んだものだ。アーケモス大陸のほとんどでは採用されていない。


 逢川家では、リサとノナがこたつに入っている。ノナは逢川家常設のミカンを食べると、頭をこたつの天板に置いて居眠りをしている。


 まるで大きなネコを飼っているようだ。……と、思ってから、十八歳のリサが、二十二歳女性に対してそんな感想をいだくのはどうだろうか、などと考えてしまう。


 母の姿はそこにはない。リサには、それに対する興味もない。


 大学受験勉強のための参考書を広げながら、リサは目を覚ましたノナに聞いてみる。


「最近、お仕事のほうは?」


「まあまあね」


「まあまあ?」


「うーん。次はエンドル王国まで事業を展開するとかで、駐在さんがイルオール連邦を横切るのって大変な話になってるのよ」


「エンドル王国?」


 リサにとっては、名前は聞くけれど、あまり有名ではない国という印象だ。単に、これまで日本の取引相手ではなかったということなのだろうが。


「うん。オーリア帝国からはイルオール連邦を挟んで向こう側。山岳の小国家。オーリア帝国やイルオール連邦と違って、海に面しているわけではないから」


「じゃあ陸路か空路になるんだね」


「そうそう。でも、あの広大で政情不安のイルオール連邦を横切るのはねえ。エンドル王国が投資に見合うなら小型飛行機を惜しみなく使うけどって、検討をずっとしてる」


「なるほどねー」


「今回のケースは、オーリア帝国が日本の技術で電化してうまく行っているのを見たエンドル王国からの要請だから、ま、最終的には予算が付くような気はしてる」


「なるほど……。陸の孤島、山岳国家エンドル王国か。電源としては風力か水力が使えるかもね。インフラ整備が一気にできれば、面白いかも」


 リサがそんなシミュレーションを話すと、ノナはにんまりと笑う。


「ね? こういうの考えるの面白い?」


「え? まあ、うん」


「じゃあ大学出て、秋津洲物産の社員になったら? リサなら即戦力でアーケモス駐在になれるんじゃない? それこそ、紛争地を横切るのだってできちゃいそうだし」


「そういうのもあるか……。そういうところに行くなら、法学部よりも経済学部とかにしておいたほうがいいのかな。法律って、国内の話ばっかりだし」


「それはあんまり関係ないみたいよ。現にわたしの、向こうでの上司は法学部出身だと言っていたし。頭がいい人は、学部はあまり関係ないみたい」


「そっか」


 それはとても日本らしい風習だと、リサは思う。特に文系においては、企業は社員の出身学部よりも出身大学名を重視しがちだ。いや、大学という制度がもはやこの日本にしかない以上、他国と比べることはできないのだが……。


 こたつの上に頭を寝そべらせたまま、今度はノナがリサに質問をする。


「もうすぐ文化祭よね。生徒会のほうの女神喫茶はわたしも参加してるからわかるけど、クラスのほうはどう?」


「クラスのほうね。おばけ屋敷ってことで進んでる。なぜかおばけ屋敷実行委員にも選ばれちゃったけど、なぜだかすいすい進んでる」


「やっぱり、物事組み立てて考えて、進めるの得意なんじゃないの?」


 そう言われたリサは謙遜しようとしたが、どうにも認めざるを得ない感じがした。


「そんなことはない……。こともないか。安喜少尉のブリーフィングや会議が身についてきたのかな」


「大人の世界で本気でやってることを見て学ぶと、そりゃあ勉強になりますわね」


「たしかに……」


 こんなふうに、のんびりとした時間がすぎていく。


 戦いもなにもない、平和な日曜日だ。むかし、この国は、大学受験のことを受験戦争だと言っていた頃もあるが、いまはそんな感じもしない。


 依然、有名大学は入試倍率が高いが、そこまで必死さと悲壮感を漂わせた生徒は、リサの通う四ツ葉高校にはいないようだ。だから、リサも淡々と勉強をして、淡々と模試の順位を上げている。


 順風満帆。何も問題はない。問題だらけに慣れきってしまうと、問題はないだけでありがたいことだ。


++++++++++


 しばらく力を抜いていた学校生活だったが、文化祭というイベントが本格化してくると、気分がそれに向かってくる。


 リサはそういう自分の心象の変化を感じ取っていた。先日までは学校でも軍務のことで頭がいっぱいだったが、しばらくは学校のことを考えて過ごせそうだ。


 文化祭の準備は平日、連日遅くまで続いている。標準の下校時間は過ぎ、日は落ちて寒くなっても、コートを着てまでして、生徒たちは教室から廊下にまで出てきて、垂れ幕や劇の大道具を制作している。


 リサはクラスの出し物であるおばけ屋敷の役割分担を指示し終えると、廊下を歩いて生徒たちの様子を見ていく。


 祭りの前は誰もが浮かれ気味だ。ハンマーやクギ、カッターナイフなどの使用が許可されているなかで、ふざけて危ない使い方をする者もいる。そういうのを見つけ次第注意するのも、生徒会所属・風紀委員長の仕事だ。


 赤縁のメガネを掛けて生徒たちの様子を見回る姿は、他の生徒たちから「見ろ、逢川のメガネが光ってる」と、やや不名誉な評判が立っている。とはいえこれも仕事なので仕方がない。


 教室のある信仰者西館から北館に抜けて、螺旋階段で四階に上がると、そこは生徒会室のあるフロアだ。リサには、クラスの仕事もあれば生徒会の仕事もある。忙しいものだ。


++++++++++

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