第五章 湾岸エリアの攻防(5)わたしを助けてね

 巨大なコンテナをまとめて搬入・搬出できるほどの開口部を持つ倉庫内に、リサたちは避難した。


 出入り口の右側には『大和再興同友会』幹部の櫛田と依知川が、左側には『総合治安部隊』の仲間たちが集まっている。幸い、『総合治安部隊』のメンバーには逃げ遅れはないようだ。


 両陣営の間には間断なく巨大な水の塊が撃ち込まれる。「大きな水鉄砲」と言ってしまえばそれまでだが、この一撃でいわゆる「全身打撲」で即死しかねないことは直観的にわかる。


「波間野! 波間野――ッ!」


 打ち込まれる殺人水流の向こうで、『大和再興同友会』会長の櫛田が叫んでいる。それを幹部の中では若い方の依知川が落ち着くよう押さえている状態だ。どうやら、シニア幹部の波間野は逃げ遅れたらしい。



「ああ、ちくしょう。なんてことだ。グラービのやつを仕留め損ねた」


 フィズナーは憎々しげだ。隙あらば打って出ようと、仲間の中では一番出口に近いところに立って外の様子を見ようとしているが、顔に水流が当たれば首を刎ね飛ばされかねない。


 イルオール連邦のテロ組織、『黒鳥の檻』にはまんまと逃げられたというわけだ。


 リサはというと、フィズナーのことを少し見直していた。ただの無軌道で無茶しがちな戦士なのかと思っていたら、『黒鳥の檻』に傷つけられた公爵令嬢と、滅ぼされた都市の復讐のために命を危険に晒しているのだ。


 初めて会ったときはふざけているのかと思ったが、いまは、「熱い男」なのだとわかる。そして、復讐に燃える戦士としての素質を感じ取ってしまう。


 フィズナーは根が真面目なのだ。真面目でなければ、復讐のために国境を越えて知らない国をひとりで旅したりしないだろう。


 リサがそんなことを考えているとはつゆ知らず、フィズナーは仲間たちに作戦を伝える。


「ベルディグロウの旦那、空冥術の盾をつくって一緒に飛び出そう。あの威力の水流相手でも、暫くは持ってくれるだろう。あの水流もおそらく、水の空冥術だ。見た目以上の威力があるはずだが、短時間ならなんとかなるだろう」


「では僕は?」


 そう問うたのは岸辺だ。だが、フィズナーは首を横に振る。


「残念ながら、お前にはまだ荷が重い。修練次第でいい空冥術士になるだろうよ。だけど、いま出て行くとお前は死ぬだけだ。ほかの女どもと一緒にここで待ってろ」


 そう言われては、岸辺はしょぼくれるしかない。明確な戦力外通告だ。「修練次第でいい空冥術士になるだろう」と付け加えてくれているのが、フィズナーなりの優しさだ。


 だが、リサは黙っていない。


「フィズ、わたしも出る。グロウも出るなら三人でフォーメーションを組むのがいいはず。わたしの防御力だってなかなかのもののはずだし。こんやは満月だし――」


「満月がどうした」


 フィズナーの質問はもっともだ。リサは月の満ち欠けに従って、自身の空冥力の増大と減少を感じている。だが、それはどうやら自分だけのようなのだ。


 ベルディグロウがフィズナーに言う。


「これだけの陣容がいて、使わないのでは無駄が多い。フィズナー、お前が女を傷つけたくない理由はなんとなくわかるが、ラミザノーラ殿の剣技とリサの精密射撃を活用しない手はない」


「旦那よう。本当、リサのことになるとベタ褒めに――」


「前衛は私だ。外へ出たら私が盾になろう。女ふたりについては、遊撃手であるお前が護りながら戦え。リサは遠距離射撃で魔獣タレアの注意を削ぎつつ、急所を探る。ラミザノーラ殿は、リサの防御を中心に頼む」


 これにはフィズナーも、自分の欠点だらけの戦術よりもずっと勝利確度高いことを認めざるをえなかった。


 同様に、ラミザノーラも首を縦に振る。こうしている間にも巨大な水鉄砲が撃ち込まれ続けている。


「いいでしょう。ベルディグロウの案に乗ります。リサのことは、わたしが護りますから、四人で押し切りましょう」


 フィズナーは頭を掻く。


「わかったけどさ……。そいつ、前回も無茶してダウンしてるしさ。なんというか――」


「わかったなら結構です。では、出ましょう」


 ラミザノーラはうじうじと言い続けるフィズナーとの会話を打ち切って、剣を構え直す。



 この水流は本当に凶悪だ。


 跳び込みながらリサはそう思った。彼女の前に三人いて、全員が空冥力の盾を全開にしているのに、強烈な息苦しさと圧を感じる。


 巨大な水鉄砲のなかを抜けた。ここから攻勢だ。


 前衛たるベルディグロウがまずは突撃を仕掛ける。とはいえ、彼は武器が重いため、そこまでのスピードが出ない。こんなとき、それを補うのが遊撃手――という名の臨機応変なポジションを取るフィズナーの出番だ。


 フィズナーはベルディグロウを追い越して、海から這い出してきた巨大イカに迫る。巨大イカは殺人水流を吐き出し牽制してくるが、フィズナーはそれを回避する。


「リサ、わたしたちも回避!」


 空冥力の盾を展開して防御姿勢をとり、リサを護ってくれているラミザノーラだが、敵の攻撃の直撃を何発も受ける気はない。彼女はリサが回避を終えたのを見計らってから自分も回避する盾の役割をしている。


 リサはもちろん、さっと回避する。空冥術を使っているから、足の動きも思い通りだ。


 リサは敵を分析する。相手は高さ五メートルはある巨獣。海から上がってきたというのに水流攻撃を続けているということは、海中の水を使っているわけではないようだ。つまり、あの攻撃は空冥術だ。


 勝ち方のひとつとして、相手の空冥力切れを待つというのもありえそうだ。だが、得体の知れない古代魔獣とやらだ。こちらの空冥力が底をつくのと、どちらが早いか、その確証がもてない。


 ふたつ目の勝ち方は、先月、魔界の竜を倒したときに使った、桁違いの威力を誇る弓矢を使用することだ。だが、これは使い方はおろか、呼び出し方さえわからない。現状、リサの武器は空冥術でつくられた光の槍、それ一択だ。


「リサ、回避!」


 ラミザノーラの声に合わせて、リサは回避行動を取る。身体と頭は完全に分離して動いてくれている。おかげで、回避しながら、光弾で遠隔射撃しながら、こうして考え事をすることができる。


 では、三つめの選択肢になる。ごり押しだ。こうしてなかなか弱点が見えてこない以上、フィズナーとベルディグロウが前衛で巨大イカの触手と戦ってくれているが、このまま勝利まで押し込むことだ。


「リサ、かい――」


 無意識のうちに、リサは魔獣タレアの巨大水鉄砲を回避する。


 後衛として出来ることといえば、できるだけ多くの光弾を撃ち込んで、敵の行動に制限を加えることだけだ。そうと決まれば、先ほどよりも多くの攻撃を――。


「リサ、あなた、『先読み』が出来ているんじゃない?」


「――え?」


 たしかに、先ほどから、接近してくる殺人水鉄砲が、撃ち出される前にわかるような感覚になっていた。考え事をしていて気づかなかったが、言われてみれば確かにそうだ。


「……リサ、わたしを助けてね」


「ラミザノーラさん、ちょっと」


 わけがわからないまま、ラミザノーラはリサを置いて前衛側へと走っていく。水流攻撃を回避しながら、すぐに相手の触手の間合いの内側へと入り込む。


 すぐそばまで来て、追い越していった彼女にまず驚いたのはベルディグロウだ。


「ラミザノーラ殿!」


 驚いたのフィズナーも同様だ。これでは打合せと違う。


「お、おい。あんたはリサの護衛じゃなかったのかよ!」


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