第五章 湾岸エリアの攻防(3)状況開始、夜闇の乱戦

 『大和再興同友会』の幹部三名、『黒鳥の檻』のおそらく幹部三名、そしてその部下の思われる日本人暴力団やイルオール連邦地下組織の構成員たち。その周囲を警戒するように徘徊している魔獣。


 そこへきて、密輸品とおぼしき、カバーの掛かった大きな物品だ。


 条件はすべて揃ったと言える。これで幹部のひとりでも捕まえれば、密輸現場の裏取りもできる。そこを目指すのが今回の目的だ。


 仲間のコンディションを確認しようと、リサは振り返る。


 フィズナーは首から提げた指輪を握り、目を瞑り、何かに――誰かに思いを馳せている。一方のベルディグロウは大剣の柄を握り、神の恩寵を、とつぶやいていた。


 ああ、これは知っていると、リサは思った。プレパフォーマンス・ルーティンというやつだ。スポーツ選手がここ一番の勝負の前に、いつも決まった動作をするのと同じだ。


 それから、ベルディグロウはリサの立ち位置より前へと音もなく移動する。


「リサ、あなたは打合せ通り、後衛を。突撃は私とフィズナーで行うので、飛び出すことのないように」


 毎度の忠告だ。気がつけば前進している遠距離砲撃手のリサとしては、耳が痛い限りだ。渋い顔をするしかない。


「わかった。じゃあ、先陣を切るのは、グロウ、フィズ、お願いね」


 リサの言葉に、ベルディグロウとフィズナーはうなずく。


 そこへ、安喜少尉からの通信がインカムに入る。


『全員、所定位置についたことを確認しました。それでは、状況開始』


++++++++++


 乱戦が始まった。『大和再興同友会』の暴力組織は、今度は銃を持っている輩までがいて、発砲音が鳴り響いている。しかし、空冥術を使っている戦士に銃弾は当たらない。


 空冥術を行使するということは、この世の理から「ずれる」ことを意味するのだから。


 それでも、銃を持った敵は邪魔な存在であることに違いはない。リサは左手に空冥術で光の槍をつくりだし、ギリギリ敵から見えない距離から光弾を撃ち出して、それを当てて敵を昏倒させる。精密射撃だ。


 見下ろしてみると、銃を持った敵は全部倒したようだ。


 『大和再興同友会』所属の日本人空冥術士も日本刀を増幅器エンハンサーとして利用し、応戦している。


 ラミザノーラも岸辺もすでに合流しており、剣や刀で打ち合っている。リサにとっては、あの知的な参謀部員ラミザノーラが剣を手に戦っているのは、意外なことのように思えた。


 しかも、ラミザノーラは軽々と敵を倒しているように見える。しかも、日本のルールに合わせて、敵を殺すことは避けている。あまりにも簡単に敵の武器を弾いて吹き飛ばし、身のこなしを活用して、次々と極寒の海へと叩き落としていく。『大和再興同友会』構成員も、『黒鳥の檻』構成員も、どちらも一緒くただ。


 もしかすると、ラミザノーラさんは、この程度の敵なら、武器なしでも応戦できてしまうのかもしれない。リサはそんなことを思ってぞっとした。


 跳んだり跳ねたり、地面を滑ったり転がったり、敵を蹴り飛ばして他の敵とまとめて海に落としたり。いくら空冥術で強化された身体だとしても、あまりにも戦い慣れしすぎている。これで参謀部員というのが、本当なのか疑わしいレベルだ。


 一方、戦いにくそうにしているのはベルディグロウだ。彼の大剣ではうっかりすると、まとめて数人は殺してしまいかねない。魔獣退治には打って付けの武器だが、手加減が極めて難しい得物でもある。しかたなく、敵を片手でふん捕まえて投げたりしている。こういうときのための筋力だといわんばかりだ。


 残念ながら、岸辺はそこまで活躍していない。敵の空冥術士たちと切り結ぶのがやっと。決定打を加えることができないまま、もう息が上がっている。


 リサは遠隔から、主に岸辺の援護を行うことにした。岸辺が苦戦している相手を、遠目から光弾を当てて倒す。これが一番、いまの布陣では有効だ。


 ……と、思うんだけどな。


 リサが倉庫上から見やると、一番危険な動きをしているのはフィズナーだった。彼は他には目もくれず、『黒鳥の檻』の幹部の前に飛び出すと、それ以外のものはまったく見ていない。


 こちらのほうが、あやういかもしれない。


 フィズナーが斬り掛かったのは、中央に立っていた砂除け外套の男だ。先日の『人類救世魔法教』の取引現場にいたユラバ・ザルバリアールでもなく、リサがなんとなく見覚えのある白いフードの男でもなく。


「ついに貴様にたどり着いたぞ、グラービ・グディニアール!」


 グラービと呼ばれた、砂除け外套の男は笑う。


「誰かと思えば、オン家のフィズナーか。こんなところまで来るとは、ご苦労なことだな」


「フィズナー・ベルキアル・オンだ。ラルディリース公爵令嬢の受けた傷の分、そしてジル・デュールの街を灰燼に帰した分、貴様の命で払ってもらうからな」


 フィズナーは『黒鳥の檻』の首魁、グラービに対し、剣の先を向ける。彼は完全に、「幹部を確保せよ」という指示を無視している。


「まだ足りんだろう?」


「ああ?」


「貴様が指揮をしながら全滅した警固騎士団や衛兵たちの分だよ」


「貴様……」


 リサは、フィズナーが「以前は」ジル・デュールという街にいたと言っていたことを思い出す。ここで話されているのは、そのときの出来事だ。彼が『黒鳥の檻』を相手に戦い、そして、部下も街も失ったという――。


「それに、ラルディリース公爵令嬢……か。あのお姫様、仕留めたと思ったが、生きていたそうだな」


「ああ。こればかりは貴様の詰めの甘さに感謝だがな」


「だがあの娘、知っているか。いまはもうオーリア帝国にいない、と」


「なに?」


「いまやもう、都市ジル・デュールも公爵領ではなく、オーリア皇帝の直轄領になったと聞く。お姫様のほうは、わがイルオール連邦での消息を少しばかり聞いているが……」


「そんな……、そんな莫迦ばかな! あの方が、そんな場所にいるなど」


「どうやら、俺のほうが情報が早いらしいな。おおかた、貴族の座を追われたのではないか? 二度と見られぬ顔にしてやったからな。あの顔では公務もなにもあるまい」


「き、貴様――ッ!」


 殺意を剥き出しにして、フィズナーはグラービに斬り掛かる。対するグラービは、左右に立つ他の幹部には手出しをさせず、剣を使って単独で応戦している。


 このままでは危ない。リサはフィズナーの援護に回ろうと、倉庫の屋根の上から飛び降りようと思った。


 しかし、そんなときに、インカムに声が入る。ベルディグロウの声だ。


『リサ、聞こえるか。フィズナーの背後を狙う敵が数人いる。狙撃を頼む。岸辺のほうは私がカバーする。申し訳ないが、「黒鳥の檻」の幹部たちの動きを監視してくれないか』


「わかった」


 答えるが早いが、リサはフィズナーを狙っていた男たちに光弾をぶつけ、昏倒させた。ひとりは日本人、ひとりはイルオール連邦人だった。


 ベルディグロウの声が続く。


『このインカムというのは便利だな。オーリア帝国にも導入したいものだ。それに――リサ、あなたの精密射撃も極めて安定していて驚くばかりだ。神に導かれているとしか思えない。ぜひにでも、神域聖帝教会の大神官に会って、巫女としての能力を見定めてもらいたいものだ』


 同じように、ラミザノーラの声がインカム越しに聞こえる。


『神官騎士ベルディグロウに同意だわ。リサの素質は素晴らしい。でもまだ少し顕在化しただけ。リサ、あなたはアーケモスの戦乱を収める存在になるに違いないわ』


 ふたりからべた褒めされて、リサはむず痒い思いをする。なんといっても、安全圏から光弾を撃ち出して敵を倒しているだけなのだから。こんなことでここまで褒められていいのだろうか。


 リサはそんな風に思っているが、その遠距離精密射撃能力がどれだけ貴重なものなのか、本人は理解していない。


「いえ、待ってください。ふたりとも、わたしはまだ、アーケモスに渡るかどうかなんて決めてないですし。せめて、高校を卒業するまでは――」


 今度は安喜少尉が割り込む。


『戦闘中の私語は慎むように。それに、逢川さんは国防軍として手放す気はありませんし、大学進学のご予定もありますので。……軍の無線を利用した勧誘はご遠慮ください』


 至極もっともだ。軍所属の人間をそうやすやすと他国に取られていいものではない。


 会話の最中も、リサは『大和再興同友会』のスーツの男たちを光弾で撃ちまくっていた。


 気がつけば、取引現場は『黒鳥の檻』の幹部三名、『大和再興同友会』の幹部三名、そして助っ人を含めた『総合治安部隊』の四名だけが立っている状態になっていた。


 いよいよ大詰めだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る