番外編 遊離感覚(2)うわのそら

 リサは教室の窓側の席に座って、外の景色をぼんやり眺めていた。

 

 もちろん、外気温が低いため、窓ガラスはしっかりと閉め切られている。室内には暖房が効かせてある。


 どこまでも伸びる空。


 リサはふと、自分がこの空の向こう側とつながっていることに気がついた。


 ノナ、ベルディグロウ、フィズナー、そしてラミザノーラ。


 彼ら彼女らは、みなこの空の向こうの大陸、アーケモスのオーリア帝国からやってきた人々だ。



 あの山手ダイヤモンドタワービルでの戦いから、一週間が経過しようとしている。


 この一週間は比較的穏やかだった。『総合治安部隊』を出動させるような事件もなく、日課になっている「夜の散歩」で見つかる悪党も軽犯罪のレベルだ。


 ちなみに、星芒具は修理・調整したうえで再度リサに貸与されている。あくまでも、所有権は国防軍にあるとしたうえでだが、実際にはいままで通り彼女の自由になる。


 それというのも、リサが国防軍総合治安部隊への正式加入を承諾したからだ。これには妙見みょうけん中佐は大いに喜び、「しばらく動けない淡路くんの分まで働いてくれたまえよ」と言って笑った。


 リサには、妙見中佐とは対照的に、暗い表情の安喜やすき少尉のたたずまいのほうが気がかりだった。安喜少尉は部隊への正式加入をさして祝福しなかったのだ。


++++++++++


 リサはこのごろ、住んでいる四ツ葉市から都内の市ヶ谷へと頻繁に通っているような気がした。実のところ、その通りではあるのだが。


 リサは思い返す。山手ダイヤモンドタワービルでの戦いのあと、二日後に行われたミーティングのでことだ。国防軍・総合治安部隊の隊舎の会議室で、安喜優子少尉はいつもの軍服を着て、次のように言った。


「おとといの作戦の思わぬ副作用として、『人類救世魔法教』がイルオール連邦の地下組織『黒鳥の檻』と取引をしている現場を押さえることができました。これはつまり、日本国内の他の反社会的組織も同様に、同地下組織から星芒具やその増幅器エンハンサー、それに魔獣のたぐいを密輸入している可能性を示唆しています」


 カルト宗教の怪しい動きを制圧しに行ったつもりが、思わぬ収穫があったというわけだ。


 会議室にはいつも通り、妙見中佐とパトロンである澄河御影が座っている。また、正規の『日本人空冥術士』としては岸辺ナレンだけが来ている。もうひとりの空冥術士の淡路は大怪我を負って入院中だ。


 ビルで共に戦った、オーリア人の元騎士フィズナーと神官騎士ベルディグロウももちろん来ていた。リサの席は彼らとの並びだ。


 アーケモス大陸から来日中のオーリア軍総司令シデルーン侯爵は、やはり参謀であるラミザノーラを伴って参加していた。


 今回はなぜだか、ザネリヤも会議に参加していて、彼女はまるで学者かのように白衣を身に纏っていた。彼女は何やら小声でシデルーン総司令と会話している。


 ノナや鏡華は、きょうは来ていない。彼女らが以前ここにいたのは、あくまでも巻き込まれたからだ。必要もないのに来ることはない。


 安喜少尉は説明を続ける。


「『総合治安部隊』の要請を受け、国立空冥術研究所は日本人に適した星芒具の開発に取り組んできていました。テロ組織が空冥術と魔獣を行使する以上、この研究にスピードを上げて取り組まねばなりません。……ゾニ主席研究員」


 安喜少尉に促され、ザネリヤ・エデシナ・ゾニ首席研究員は立ち上がる。背の低い彼女のことだから、立っても視線の高さはさほど上がらなかった。


 彼女と共に、彼女の隣に座っていた男性研究者も立ち上がる。彼も彼女と同じように白衣を着ている。


「この件については、われわれが責任を持って進めております。ファゾス共和国と日本国の共同研究で、ファゾス共和国側はアタシが、日本側はこのショウ主席研究員が代表を務めています」


 ザネリヤがそう述べると、男性研究者――紹主席研究員は深々と頭を下げる。


「紹です。よろしくお願いします。私は元々瀋陽しんよう生まれの中国人ですが、日本代表を務めさせていただいております」


 ザネリヤと比べて日本人らしい所作、とリサは思ったが、彼の苗字からも彼の発言からも示唆されるように、彼は生まれたときは日本国籍を持っていなかったのだろう。


 元ネパール人の岸辺ナレン、元中国人の紹主席研究員。それに『人類救世魔法教』幹部のフランツは元アメリカ人だ。それらの人々は、いまの日本では十把一絡げに「日本人」という取り扱いになっている。


 アーケモスという異世界に日本列島が丸ごと植え替えられて、彼らは本当の祖国を失った人々になった。日本が彼らにとって居心地が良ければよいのだが。


 などと考えるリサは、ふと自分に思い当たる。自分はこの日本で、居心地が良いのだろうか? あの家で暮らしていて、居心地が良いのだろうか?


 それにしても、とリサは思う。ザネリヤが『総合治安部隊』のための仕事をしているなんて知らなかった。


+++++++++++

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る