第三章 国防軍総合治安部隊(3)褐色の肌の少女参謀

「あなたの空冥術は、わが『総合治安部隊』で訓練した空冥術士とも遜色のないレベルです。このまま野に放っておくには勿体ない」


「え、いや、でも、安喜やすきさん、わたしはただの高校生なので……。個人的に星芒具を、空冥術を行使していたことについては、とがめられる覚悟はありました。でも……」


「ただの高校生が訓練を受けた術士に匹敵するからすごいと言っているんです。あなたが空冥術を行使するなら、フリーであるより本部隊に属していたほうがいい」


「そんなこと、いきなり言われましても……」


 リサがなかなか首を縦に振らないとみて、安喜少尉は妙見みょうけん中佐に目配せする。妙見中佐は力強く頷き、安喜少尉に次の言葉を促す。


「ならば、あなたの星芒具は国防軍の預かりとします。現行の法律では、民間の日本人が星芒具を所有できる余地はないんですよ」


「えっと、それはその……」


 リサは困っている。


 一方、鏡華には、リサが星芒具を所有したがる理由がわからない。なんといっても、星芒具は、日本国において所持が制限される危険な武器なのだから。


「リサ。あなたがそんな危ないものに固執しなくても……」


「いや、これは偶然にしても、せっかく授かった力だから。その……」


 こんな形で手放せるものか。リサの内心から、そのような意思が漏れている。


 内心焦るリサとは対照的に、安喜少尉は非常に穏やかな口調で話す。


「逢川リサさん、あなたはただの高校生です。このまま進学なり就職なりをして、普通に暮らしていく道があります。……空冥術は、あなたからを奪うんです。あなたが納得すれば、星芒具はこちらで正しく処理します」


 そうだ。安喜少尉は、リサに挑戦しているわけではないのだ。むしろ、リサのことを思って、危ないことから手を引けと言っている。


 しかし、妙見中佐は全く逆の意見のようだ。


「……安喜少尉、彼女の意思を尊重しようじゃないか。このとおり、彼女はせっかく得た力を手放しはしないと思うよ」


「妙見中佐、わかっています。しかし、公平性を期すために、選択肢を明確にするのは大事なことですから」


 これではっきりした。リサを『総合治安部隊』に欲しがっているのは、妙見中佐のほうだ。妙見中佐は、是が非でもリサを『総合治安部隊』に加えたいと思っている。一方で、安喜少尉は表向き中佐に従いつつも、リサを荒事から遠ざけようとしている。


 安喜少尉と妙見中佐のそんなやりとりを見て、リサはふっと息を吐く。緊張を吐き出すように、微笑むように。


「安喜さん、優しいんですね」


 そう言われて、安喜少尉はとまどった様子だ。なにしろ『総合治安部隊』はいま、半ば陥れるようにしてリサを引き込もうとしているのだから。


「えっ、えっと……」


「安喜さん、少し……、考えてもいいですか? ここで身を引くべきか、せっかくのを手放すのか、あるいは、高校生の身分で軍隊に入るのか……」


 リサは即答はしなかった。そして、安喜少尉はリサが考える時間をもつことを認めた。


 リサは自分の空冥術を「正義の力」と呼称した。そのことには、会議室にいる全員が気づいていた。


 リサが空冥術に特別な思いを抱いているのは明白だ。


 小声で、妙見中佐が隣に座っている御影に話しかける。


「彼女はうまく食いついてくれたようだ。これで断ることはないだろう」


「ええ。彼女は空冥術をいたく気に入っている。彼女の『正義』の執行に、国家機関のお墨付きを与えようというのですから」


++++++++++


 リサはロビーの革張りのソファーに身を投げ出して、半ば寝転がるように座っていた。


 会議のような、堅苦しくて、一挙手一投足を見られているような場所は、下手に悪漢と戦うよりも精神力を使う。


 リサはぐったりとしながらも、今後の身の振りを考えていた。だが、答えは半分以上出かかっている。


 悔しいけれども、妙見中佐の言う通りだ。リサには、せっかく得た空冥術という力を手放すという決断はできない。会ってほんの少ししか経っていないはずなのに、妙見中佐――食わせ者の管理職は、しっかりと見抜いている。


 ノナはリサの隣に座って彼女を様子を見ていた。けれども、いまのリサにはノナとおしゃべりをする余裕はない。ここはよく考えて決める必要があるからだ。


 ところが、ふと背後で声がして、それが近づいてくるので、しかたなく――しかし素早く、リサは居住まいを正した。



「……はい、ですから、わが秋津洲財閥は『総合治安部隊』の設立と運営のために資金を提供していまして……」


 鏡華の兄、澄河御影だった。話しぶりからするに、誰か偉い人との会話のようだ。


 振り返ってみると、御影のそばには肩にブランケットを被った鏡華の姿があった。しかし、彼女は一言も会話に加わっていない。まだ誘拐されたときの恐怖が残っているのか、いつもの快活さは戻ってきていない。


 御影が話をしている相手を見て、リサは驚いた。背の高い灰色の髪の男――先日ノナと一緒にテレビで見た、オーリア帝国軍のバールスト・ファルブ・シデルーン総司令だった。


 日本に視察に来ているとは聞いていたけれども、まさかこんなところで見られるなんて。


 リサには、傍らのノナが、息が止まりそうなほどに驚いているのがわかった。


 ふと、リサの目に、シデルーン軍総司令の背後に付き従っている女の姿が入る。年の頃は二十になるかどうかというくらい――つまり、リサやノナのちょうど間くらいだ。だが、軍服を着ているところをいると、オーリア軍の軍人であるということがわかる。


 あの歳で、軍人? と、リサはつい先ほど自分が軍隊組織に勧誘されたことを棚に上げて驚く。


 女は軍服の上からコートを羽織り、フードを目深にかぶってはいるが、顔立ちが端正であることはすぐにわかる。けれども、彼女の褐色の肌と銀色の髪は、他のオーリア帝国人の誰とも似ていない。


 じっと見ていると、彼女はリサの存在に気付き、そして、ほんの少しだけ微笑んだ。微笑みというには無表情に近いものだったが、その端正な顔立ちにほんの少しの動きが見られただけで、リサは心臓が裏返るほどの衝撃を覚える。


 彼女がリサに視線を向けていることに、シデルーン総司令も御影も気がついた。


 御影はリサとノナに手招きし、オーリア軍のふたりに紹介する。


「ご紹介しましょう。彼女がこの日本で最も有望な空冥術士・逢川リサさんです。それからこちらがオーリアから秋津洲物産にいらっしゃったノナさん」


 なんたる分不相応な紹介だろうか。リサは顔から火が出るかと思った。こうなってはソファーでくつろいでいるわけにもいかない。


 ノナもそうだ。行きがかり上とはいえ、秋津洲財閥の総裁の息子に知られることとなったのだ。秋津洲物産の社員としてこれ以上に光栄なことはない。


 リサとノナは立ち上がると、御影たちの方へと歩く。


「あの、すみません。逢川です。その……、空冥術についてはたまたま使えるだけで……」


 気分を害しはしないかとリサは心配だったが、意外にも、シデルーン総司令は明るく答えてくれる。


「きみがリサ君かね。さきほど中佐から話は聞いたよ。この『総合治安部隊』のエースだそうじゃないか。あの神官騎士、ベルディグロウとも張り合えると聞いたよ」


 入隊前からエースなどと言われているのか。どうしたものだろう、などとリサは思った。ちゃんと訓練を受けている淡路さん、岸辺さんに悪い気がする。


「えっと、その……」


「ああ、すまない。私はバールスト。バールスト・ファルブ・シデルーン侯爵だ。オーリア帝国軍の総司令でもある。それから、こちらが――」


 シデルーン総司令が彼の背後の褐色の肌の女性を示すと、彼女は胸に手を当て、リサに向かって優雅に一礼した。


「わたしはラミザノーラ。ラミザノーラ・ヤン=シーヘル。オーリア軍参謀部のひとりです。今回は総司令の訪日に同行してまいりました」


 この若さで参謀なのか、とリサは再び驚いた。そしてまた、近づいてみて初めて、彼女の右頬に大きな刀傷が横一線に入っていることがわかって、どきりとした。どこかの戦場で負った傷だろうか。こんな美しい顔に傷をつけるなんて……。


 リサが動揺して何も答えられないでいると、ラミザノーラは首を傾げる。


「あの……?」


「ああ、いえ、とても美しくていらっしゃるので、その、びっくりしちゃいまして、あはは……」


 そう言われたラミザノーラは目を丸くして――それから、今度はそれとわかるような、優しい笑みを浮かべたのだった。


「あなたも、素敵ですよ」


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