第三章 国防軍総合治安部隊

第三章 国防軍総合治安部隊(1)国防軍の取り調べ

 暴力的右翼組織『大和再興同友会』と左翼的組織『宇宙革命運動社』の抗争をたったひとりで収めてしまったリサは、青京都せいきょうと・市ヶ谷にある国防軍『総合治安部隊』の本部ビルへと連れて来られたのだった。


 白い壁、白い天井、白い机、白い椅子、白い制服――『総合治安部隊』のオフィス内は、何もかもが白で統一されていた。


 取調室の中で、リサは総合治安部隊員による取り調べを受けることとなった。彼女の星芒具は一旦、『総合治安部隊』の預かりとされたものの、一応、一貫して平和的に質疑応答が行われている。


「それで、あなたはあの星芒具は偶然拾ったというんですね」


 取り調べを行っている総合治安部隊員の言葉に、リサは「はい」と答える。


「拾ったときにはもうボロボロになっていたんです。でも、たまたま、わたしの知り合いにファゾス共和国の人がいまして――でも、誤解しないでください。修理を依頼したのはわたしの意思です」


「ははは、その人はどういう人? いや、日本にいるファゾス人なんて珍しいからね。名前は?」


「和光市の空冥術研究所に努めている学者です。名前は、ザネリヤ・エデシナ・ゾニ」


「なるほど、空冥術研の人か……。ゾニ主席研究員は有名だからね」


「……有名だったんですね。あの人」


「そりゃあもう」


「それって、もちろん、いい意味でですよね?」


「……。はは、もちろん」


 なんだろう、その間は。リサは小首を傾げた。


 取り調べを受けながら、ちらと、リサがガラス越しに立っている女性のほうを見る。そこにいたのは心配そうな顔をしているノナだ。


 ノナの無事な姿を見て、リサはホッとする。


 リサは総合治安部隊員のほうへ向き直ると、柔らかく崩していた表情を引き締め、隊員に向かって質問を投げ掛ける。


「わたしが持つ力について、国家機関に知られてしまったことはわかります。けれど、わたしには、あなたたちが何をしようとしているのか、まったく解らないです」


 総合治安部隊員は別段驚くでもなく、リサの発言にウンウンと首を縦に振る。


「そうだろうね。それについては自分の口からは話せないので、申し訳ない。あすには、正式に発表されるということだから――」


「あした? では、きょうは帰宅できないんですか?」


「そうなるね。一応まだ、野良の空冥術使いを拘束しておかなければらなくてね。規則だから」


 リサは憮然とした表情をしたが、拘束は無理からぬことだ。銃刀法で武器の個人所有が厳しく制限されているこの日本で、リサの力は破格に強い。法的に何の制限下にもないほうが無理があるだろう。


 リサは深々とため息をつく。


「では、きょうは市ヶ谷に泊まるということですか?」


「そうです。でも、安心して。仮眠室で眠ることになるけど、リサさんは女子なので、他の男性たちとは別の部屋です」


「じゃあ、ノナや鏡華も――」


「澄河さんは、きょうは近くのホテルに宿泊の予定です。彼女はただの被害者ですし、お兄さんの澄河御影さんが保護していますから。……ノナさんはあなたと一緒ですね」


 そしてまた、リサは納得がいかないことを表情で示す。自分の扱いと鏡華の扱いが著しく違うことに対してだ。


 けれど、その総合治安部隊員の言うとおり、鏡華は暴力事件の被害者に過ぎないのだ。一方、リサは空冥術を使って人の群れに切り込んだ当事者だ。同じ高校生でも扱いが異なるのは我慢するしかない。


「……でもよかった。鏡華も無事なんですね」


 リサは取調室から出され、総合治安部員に従って歩く。そうして、外で待っていたノナと合流する。こんな状況でも、リサはノナに笑顔を向ける。


 しかし、ノナが呆れたような表情をして頭を押さえたとき、リサは不思議に思った。そして、どこか調子が悪いのだろうかと思った。


 本当に、本当に、リサはこの状況下で、自分自身のことは二の次だったのだ。ノナのことを気遣い、鏡華のことを気遣い、話に挙がったザネリヤ・エデシナ・ゾニ主任研究員のことを庇い立てしていた。


 いったい何が、リサをそんなふうに動かしているのだろう。リサは、ただの、年相応の十七歳の少女でもあるはずなのに。


 そのことにまだ、リサ本人は気づいていない。


++++++++++


 リサとノナは八つものベッドがある仮眠室で、たったふたりで眠った。さきほどの総合治安部隊員が言ったとおり、この部屋は拘束された女子ふたりだけで使うことになっているようだ。


 リサは初めのうち、制服のままで眠ったらシワになるのではないかと心配したが、すぐに気にならなくなった。


 あまりにも疲れていて、あまりにも眠かったから。


++++++++++


 翌日は食堂で、いかにも日本食らしい、米、味噌汁、焼き鮭と言った朝食を食べると、リサとノナは会議室へ向かうようにと指示を受けた。


 リサはそれを聞いてため息をつく。きょうも平日だから学校があるんだけど、この分だと、登校させてもらえないか。


 ふたりが『総合治安部隊』の会議室へ到着すると、彼女ら以外の全員がそこに集まっていた。いま一度、リサは自分の格好を見る。やはり、ブラウスはシワになっている。でも仕方がない。


 机がロの字型に並べられた会議室の一方には、日本人の空冥術士ふたりと、オーリア帝国から来た戦士――ベルディグロウが座って沈黙していた。


 そして、反対側には、軍服を着た妙見中佐や、澄河御影と鏡華の兄妹が座っていた。御影は兄らしく、妹の鏡華を気遣っているかのようだ。朝の会議室内はまだ肌寒かったので、鏡華は薄手のブランケットを羽織っている。


 澄河兄妹の隣――つまり鏡華の隣のほうが居心地が良さそうだったので、リサとノナはそこに座ることにした。


 会議室の一番前には講壇があり、そこには軍服を着た女が立っていた。彼女が安喜やすき少尉で、この『総合治安部隊』の実務責任者だった。改めて見ると、随分若い。



 安喜少尉はリサとノナの着席を確認してから、話し始める。


「それでは、一晩経ちましたが、昨夜の作戦についてのデブリーフィングを始めます」


 なるほど、きょうの会議は、他の参加者にとっては、きのうの作戦の総括を兼ねているのか、とリサは理解した。


「『大和再興同友会』、および『宇宙革命運動社』の構成員に負傷者は出ていますが、いずれも重傷者なし。また、当部隊の損害は皆無です。『同友会』には澄河鏡華さんが人質にとられていましたが、無傷で保護することができました」


 軍隊組織だというのに、安喜少尉の話し方は比較的柔らかだ。といっても、いかめしい顔つきの妙見中佐もいるので、これは組織全体のものではなく、安喜少尉のキャラクターに起因するものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る