第二章 市立自然公園の騒乱(2)国防軍と神官騎士
そのとき、御影と笹山のもとへ、駆け足でやって来る者が数名あった。先頭にいる軍服の若い女性は、ふたりの前に立ち、素早く敬礼した。
「国防軍『総合治安部隊』の
御影はさっと安喜少尉と握手した。
「澄河です。合流いただき感謝いたします。ええ、『同友会』が人質に取ったのは私の妹です。彼らは私の妹と引き換えに、笹山会長の身柄を差し出すように要求してきました」
「……なるほど。感情に訴えてきたというわけですか」
「ええ、ですが、それに屈するわけにはいきません。……それで、少尉のお連れの方々が『総合治安部隊』の空冥術士の方々ということでしょうか?」
「淡路と岸辺の二名はそうです。ですが、他の一名は……、オーリア帝国の方で、今回は共同任務として助っ人に来られました」
安喜少尉の後ろの『総合治安部隊』の男性二名が「淡路です」「岸辺です」と挨拶をする。彼らはふたりとも、日本刀を帯びていた。
そして続いて、残りのオーリア帝国人が自己紹介をする。
「私はベルディグロウ・シハルト・エジェルミド。オーリア神域聖帝教会の神官騎士。今回の件に協力することになりました。よろしく頼みます」
ベルディグロウはあごひげのある、艶のある黒い長髪の男だった。体格は恵まれており、身長も高い。顔は男前と言えそうだが、憂鬱そうな表情が張り付いていた。左目側には額から顎までの古い刀傷があったが、目は健在だ。そして、巨大な剣を背負っている。
御影は空冥術士たち三人に軽く一礼する。
「淡路さん、岸部さん、それに、ベルディグロウさん、よろしくお願いします。……しかし、オーリア帝国の方までご参加いただけるとは。どういった事情で?」
「彼はオーリア帝国軍総司令、シデルーン侯爵の護衛のひとりです。今回の任務のことは来日中の総司令もご存じで、彼を通じて日本の空冥術士の力を見てみたいと」
安喜少尉の説明に、なるほど、と御影は思う。シデルーン侯爵——いや帝国軍総司令は日本政府の視察に来ていたが、御影の見立てでは、あくまでも本命は国防軍内にある『総合治安部隊』の実態の調査だ。
手助けという名目で、ひとりくらい、情報収集役を差し向けてくるのもおかしな話ではない。
とはいえ、いまは人手が欲しい状況だ。シデルーン侯爵の部下であるベルディグロウは名目上助っ人なのだから、ありがたく受け入れさせてもらうこととしよう。
ここに送り込まれたオーリア帝国の戦士であるベルディグロウ本人は、無表情気味で、顔から感情を読み取るのは難しい。とはいえ、このミッションに参加できることを喜んでいる風ではない。当然といえば当然だが。
御影は笑う。展開が面白くなってきた。……この場の紛争ではなく、日本政府とオーリア帝国、ひいてはこのアーケモスの世界でのダイナミクスを感じる。
「ははは、なんにしても、いきなり国防軍の共同任務に参加されられてしまったとは、災難なことです。ともあれ、みなさん、よろしくお願いします」
安喜少尉は自信のありそうな笑みを浮かべる。
「ええ。澄河さんの妹さんも人質にとられているのですし、早急に鎮圧したいと思います」
これに対し、『宇宙革命運動社』会長の笹山は首がもげそうなほどにペコペコと頭を下げる。
「よろしくお願いいたします! これでわれわれの空冥術使いは五人となりまして、『同友会』の五人と同等です。これで勝てますね!」
笹山の思慮のない台詞に対し、安喜少尉は先ほど御影が言ったのと同じことを言って
「笹山さん、おっしゃる通りですが、戦力は数ではありません。質です。わが国防軍『総合治安部隊』の空冥術士は国内トップクラスですし、今回はオーリア帝国の戦士もいます。同友会の五人の空冥術士など、比較になりません」
「おおー! 頼もしいお言葉!」
「では、作戦を開始しましょう」
安喜少尉がそう言って、この場を取り仕切る。国防軍『総合治安部隊』による状況が開始されれば、御影は一旦指揮から降りることにし、黙って彼女の説明を聞くことにした。
日本人空冥術士たち、そしてベルディグロウは、安喜少尉の指示を聞こうと彼女の言葉を待つ。
「まず……、国防軍経験の長い淡路が、夜闇の中を回り込んで、あのトラックを襲撃し、澄河さんの妹さんを救出します。……淡路が妹さんに到達したら、澄河さんと笹山さんは、部下の方々に全面衝突の指示を出してください。そこに、岸辺、ベルディグロウが混じります。この両名は、敵側の空冥術士を早急に無力化するようにしてください」
安喜少尉の説明に、御影や笹山、そして四人の空冥術士たちは同意する。
ところが、作戦のすみやかな実行は、そこへ現れたひとりの女性によって遮られる。
「あ、あの……ッ!」
ノナだった。彼女は御影たちが集まっている場所に、息せき切って駆けてきたのだ。
日本人空冥術士のふたりや安喜少尉は一応警戒したが、ノナに危険性を感じるほうが無理な話だった。彼女は見たところ、無力そうな外国人の女性だ。
ノナはいまにも泣きそうな表情で、彼らのいる場所にやって来た。
「あ、あの、澄河御影さんですよね。あの、わたし、秋津洲物産の社員で。あの、それで、お顔は写真でお見かけしたことがあって……」
「なるほど、それで、私に何のご用です?」
御影は問い返した。ノナは感情の高ぶりのあまり一瞬回答に詰まったが、なんとか声を絞り出す。
「あの、あの、わたし、四ツ葉高校の生徒会に参加させていただいていて、それで、鏡華さんとは仲良くしてもらっていて、なのに、彼女が誘拐されるときに守れなくて、それで……」
ノナの言葉はまとまりがなかった。だが、それでも、御影には意味を取ることができた。
「なるほど、貴女は私の妹、鏡華のご友人なんですね。それで、誘拐の現場にいたと。……お名前を伺っても?」
「あ、えと、ノナです。ノナ・ジルバ。秋津洲物産では
御影の代わりに、安喜少尉が答える。
「ノナさん、怖い思いをしたと思いますが、もう大丈夫です。われわれはこれから、鏡華さんの奪還作戦を行います。だから、そこで離れて見ていて下さい」
「えっと、あの、あの……」
軍人が離れて見ているようにと言ってもなお、ノナは何かを伝えようとしていた。あたかも、軍人や戦士たち全員が、一番大切な情報を知らないとでも言うように――。
++++++++++
―― そのとき、空気が変わった。
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