天穹の片割れ◆リサ編 【日本列島、異世界へ。夜ごと悪討つ女子高生】

鷹来しぎ

第一部 日本編: 英雄の針路

序章 月の夜の狂戦士



 雪がちらつく夜。


 吐く息はしっかりと白い。


 空には、夜の路地裏をあかあかと照らす満月が浮かんでいる。


 ジリッ……と、靴が地面を踏む音がする。白いローブを着た浅黒い肌の男が振り返る。そして、振り向きざまに、術で作り出した刃で一閃した。


 だが、刃は空振りし、その上を人影が舞う。


 波打つ髪、長いマフラー、そしてスカート、それらがすべて、あつらえたようにひらひらと。


 すとん、とは着地する。まるでなにもなかったかのように。


 二撃目、三撃目、浅黒い肌の——異邦人の男は繰り返し彼女に攻撃を加えたが、そのどれもが、彼女の光る槍によって弾き返された。


 男はうろたえる。


「お、お前、どうしてここまで……」


 ふんわり波打った長い髪に、チェックのスカート。それだけだとただの女子学生に見える。だが、口を覆い隠すように巻かれたマフラーが風にたなびき、ただならぬ雰囲気を醸し出している。


「わたしはただ、あなたの周辺の力の残滓ざんしについて質問したんだよ。そうしたら、あなたは取り乱してわたしを撃ってきた」


「なんで俺の攻撃で無事だときいている! お前、本当に日本人か!?」


「日本人だよ。正真正銘のね。そういうあなたは日本人じゃないね? アーケモスの大陸から渡ってきた人?」


 浅黒い肌の、異邦人の男は歯噛みした。焦りか、恐怖か。いずれにせよ、日本人がここまでやれるはずはないのだ。本当に、ただの日本人であるのなら――。


 女子学生風の格好をした少女――リサは、視線を異邦人の男の向こうへとやる。そこには鉄の扉があり、打ち捨てられた廃墟にしては、厳重に施錠されている。


「開けなよ、その扉」


「……なに?」


「そこにはなにか、よくないものが溜まってる。そうでしょ?」


 リサは笑った。対照的に、異邦人の男は狼狽して後ずさる。


「なぜそれを……。お前、本当に、本当に、アーケモスから来たんじゃないのか?」


 無言で、リサは左腕を持ち上げる。そこには、宝石のような石で装飾された籠手ガントレット


「これのこと?」


「いや、お前が日本人なわけがない! それを扱える日本人なんて、そうそういやしないんだ。『星芒具せいぼうぐ』を使える日本人なんて……」


「なぜ使えるのかは、わたしも知らない。でも、使えるんだから使ってもいいじゃない。街の平和のためになるのなら」


「くっ……!」


 異邦人の男は、リサと同じように彼の左手に装着されている籠手を輝かせて、火炎を放った。彼はこれでリサがひるむのを期待したのだろう。だが、全くそうはならなかった。


 リサは再度、手に光の槍をつくりだし、それで炎を打ち払った。異邦人の男が想像していたよりも、彼女はこの術を使いこなしている。


 このままでは危ない。そう思った異邦人の男は、そのままその場を走り去った。白いローブが翻る。


「あらら……、逃げたか」


 リサは遠ざかっていく異邦人の背中を見ながら、そう呟いた。しかし、残念感も驚きも、その発言には含まれていなかった。


「まあ、さしたる問題はないけどね」


 ++++++++++


 カンカンカンと鉄の階段を蹴って、浅黒い肌の異邦人の男は廃墟を駆け上った。もう屋上だ。それに、先ほどいたビルからは何棟も離れている。


 さすがに、もう見つからないだろう。そう思ったところで――。


「おーい」


 遠くから声がして、異邦人の男は顔を上げ――そして、ぎょっとした。見れば、遠くのビルの屋上に先ほどの少女がいる。


 彼女は満月を背にしていて、その表情は逆光の中、陰を帯びている。月はやけに大きく見えた。


「……いや、この距離だ。見つかったところでどうにもなるまい。しかし、あの小娘、あんなところでいったい何を……?」


 リサは遠く離れた廃ビルの上で左手に光の槍を呼び出し、それを振りかぶる。


「お、おい、まさか、冗談だろ。この距離だぞ」


 異邦人の男はとっさに、障害物の陰に隠れたが、それは正解だった。


 リサは光の槍を振り下ろし、その先から光弾を撃ち出したのだ。そして――、光弾はさきほどまで異邦人の男がいた場所を正確に撃ち抜いた。


「な、ならば……っ!」


 異邦人の男は籠手を光らせ、コウモリのような小型の魔獣を召喚する。それも三体も、そして四体も。


 次から次へと召喚して、リサを数で押そうという寸法だった。


 けれども、召喚した端から、的確に、リサは次々にコウモリの魔獣を撃ち落としていく。標的マトは決して大きくはない。それをこの距離で、ここまで易々と攻撃を当てるなど、尋常ではない。


「ええい! いつまで撃ち続けるんだ!? あの小娘の空冥力くうめいりょくは底なしか!」


 焦燥に駆られながら、異邦人は次々と魔獣を喚び出す。しかし、それらは全く何の役にも立たず、むなしく召喚と撃墜を繰り返すばかり。


 リサは月明かりの中で笑う。


「きょうは調子がいいんだ。月が明るいから、空冥力が尽きる気配もない」


「ええい、ならば、これでどうだ!」


 異邦人の男は先ほどまでとは打って変わって、巨大な翼竜を呼び出す。


 翼竜は切り裂くような雄叫びをあげると、リサのほうへと飛来した。


 リサはというと、光の槍から撃ち出す光弾を何度か翼竜にぶつけてみたものの、翼竜が少しひるむ程度なのを見て、これまでどおりの攻め方が通用しないことをすぐに理解した。


 だが、怖気付くかというと——彼女は口角を上げて笑った。


 より一層の力を光の槍に込め、稲妻を槍にほとばしらせる。これまで以上の力を具現化した槍を一回転、二回転させると、槍そのものを翼竜に向かって構えた。


 そして――。


 光の槍を投擲し、翼竜の中心を撃ち抜いた。


「な……っ、そんなばかな! ありえない!」


 異邦人の男はリサの戦いぶりに恐れをなし、きびすを返して、一目散に逃げ出した。


「あっ、ちょっと待て」


 リサは左手に新たな光の槍を作り出すと、それを振るって異邦人の男を止めようと思ったが、あいにく、籠手のほうが限界とみえ、籠手がスパークして槍は消滅した。


「ここまでか……。きょうはやりすぎちゃったかな」


 リサはため息をつきながら、口元を覆うマフラーを引き下ろした。


 そこに現れたのは、やはりまだあどけなさが残る、あごの細い、しかし芯の強そうな表情をした、少女の顔だった。


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