Lost User

葵菜子

第1話 消失

大切で身近なものほど無くすまで気づかない。物だったり、お金だったり、人だったり。

もし、一つだけ大切なものを取り戻せるとしたら、なにを取り戻そうか。


夏も終わりが近づき、あのころの暑さは嘘みたいな過ごしやすさだ。長かった夏休みは終わり、休み終わり特有の気だるさの中、生徒会書記の玉野優子は通学路を歩いていた。学校なんて行きたくないが、死ぬほど行きたくない訳でもなっかた。

「行くだけ行っておくか」

この程度。クラスには友達もいるし、バカみたいな話をするだけでも楽しかったのだ。

通学中、すれ違った何人かの友人に軽く挨拶し、校門を通過する。


「おはようございます!」

本当はこんな感じに挨拶するべきなんだろうが、教室に入って大声を出し挨拶するのはアニメやマンガの中だけの話だ。優子は黙って教室に入り、静かに自分の席に座った。カバンから教科書や筆記用具を取り出し始業の準備をしていたところ、真横から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「やっほーたまちゃん」

「おはよう、りんちゃん」

話しかけて来たのは国府宮凛花。優子の1番の友人である。優子のことは玉野からもじって、たまちゃんと呼んでいた。

「ねー、夏休みどうだった?」

「そうだね、色々あって大変だったよ」

「へぇー、気になる!何があったの?」

「ははは、本当にどうでもいい事だよ」

「いいから教えてよ!」

しつこく凛花に問われる。実際夏休み何があったかと言うと、親の勧めでいくつもの集会に参加していた。それらのほとんどが共産党関連の集会だ。カール・マルクスの資本論を学ぶ会だったり、どうやって政権を奪取するかといった、政治色が濃いものだ。というのも、私の親は熱心な共産党員で、私が高校に進学してからというもの、その手の集会に積極的に参加させられていた。自分が生徒会の書記になったのも、親の強い勧めがあったからだ。

「俺が高校生の頃はな、みんなで学生運動をしたもんだ。生徒会も書記を選んでやったんだ。お前も俺の意思を引き継げよ」

そう父親に言われていた。自分の考えを押し付ける親はどうかと思うが、養ってもらっている以上、逆らう訳にもいかない。

だが、こんな話を普通の友人に話すことなんかできないのが本音だ。私が心の中に溜めておく、誰にも言えない秘密。まぁ、彼女に知られると厄介なので、ここは適当に誤魔化しておこう。

「親と海外旅行に行ってたんだよ」

「えっ、そうなの!いいなぁ、わたしんちなんて貧乏だから旅行も近場だよぉ。で、どこの国に行ったの?」

「えっとね、そう、東ドイツ」

「東ドイツ?ドイツじゃなくて?」

しまった、つい共産癖が出てしまった。すぐに訂正を加える。

「あっ。ドイツの東の方の地域だよ」

「へー、いいなぁ。あっ、でももうすぐ鐘が鳴るからまた後でお話聞かせてね」

軽く手を振り彼女が席に着くのを見送る。いくら自分のためといい、友人に嘘をつくというのはキツイものなんだと実感する。とりあえず、海外旅行の話を作り上げないと。全く頭が休まらない。


今日は始業式というのもあり、午前中で学校行事は終わった。生徒会の仕事もないので、凛花と帰ることにしよう。きっと彼女は図書室にいるはずだから、ちょっと覗いてみよう。彼女は他に類を見ない程の本好きで、自室に小さな図書館があるくらい、本を集めている。彼女が読む本の多くが小説で、ジャンルはSF。私も本は好きだが、いつも読むのはマンガ。彼女はマンガは読まないみたいだけど、いつも私のマンガ話を聞いてくれていた。

今日はどんな本を読んでいるんだろうか。そう考えているうちに校舎4階の図書室に着いた。古くて立て付けの悪い扉を開けようと手をかけると、中から怒号が聞こえてくる。何を言っているかは分からないが、2人くらいの人間が酷く罵っているようだ。謎に危機感を感じる。早く開けなきゃ。焦りからか上手く動かない手で扉を開ける。ガラガラガラと扉が開く大きな音と共に眼下に広がる景色に絶句する。国府宮凛花が男に突き落とされていたのだ。

あっという間に体が窓から離れ、私は必死に手を伸ばすが全く届かない。気がつくと彼女の細々とした体はアスファルトの地面に叩きつけられ、周りは血潮で染まっていた。

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Lost User 葵菜子 @fuwafuwamodern

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