第52話 「おとり捜査ですね!」Bパート

「僕の部屋ですか?」


「別にいいだろ。ここが一番近い。それに――」前野はドアノブを触り、「よく二人で集まってんだから」と怪しげな笑みを浮かべながら言った。


「えっ……」


 足立は前野の顔をキッと睨みつけると、「何でそんなこと知ってるんですか!」と声を上げた。視線は徐々に軽蔑の眼差しへと変わり、「もしかして、盗み聞き?」


「違っ……!」前野は慌てた様子を見せたが、すぐに落ち着き払って肩をすくめ、「隣にいればな、嫌でも聞こえてくるんだよ」と言った。


 彼はさらに続けて付け加えるように、「嬢ちゃんは、もう少し自分の声の大きさを自覚した方がいいぜ」と足立を指差しながら皮肉った。


「そんなっ!」と足立は反射的に声を荒げたが、一度咳払いをしてかた呼吸を整え、「私って、そんなに声大きいですか?」と坂口に向かって尋ねた。


「まぁ、最大値で言うと70デシベルほどでしょうか」


「それって、どのくらい?」


「掃除機の騒音がその程度です」


「うるさいじゃーん!」


「そんなことよりよ」前野は扉をコツコツ叩き、「早いとこ入ろうぜ」


「そんなことってなんですか!」と掃除機が吠えると、「今はどうでもいい事だろ」と前野が鬱陶しそうに答えている。


「どうでもいいって言い方、ちょっとひどくないですか?」足立はなおも彼に向かって声を荒げ、「声量が掃除機扱いって、結構やばいことだと思うんですけど!」


「どうでもいいっていうのは、つまり今の状況に対してのことであってだな、嬢ちゃんの声量に関しての見解とはまた違――」


「いっそ、お二人で話し合われてみては?」


 と、二人の口論を眺めていた坂口が割って入った。「その方が、効率的なのではないかと僕は思いますが」


「…………」


 足立と前野は、黙って互いの顔を見やった。やがて示し合わせたように、


「私は、お話したくて呼び止めたんです!」


「あんたは、宇宙人の生態について詳しいだろ?」と、呼応するように二人は坂口に向けて主張した。


「僕はSF小説が好きなだけで、とりわけ異星人に詳しいという訳では……」


「まぁまぁ。いいじゃないですか」細かい話が苦手な足立は、笑顔で彼の背中を押しながら「とにかく中に入りましょうよ」と言った。


「まぁ、僕は構いませんけど」と答えると、坂口はようやく玄関の鍵を開けた。


「悪いけど、トイレ貸してくれる?」


 靴を脱いだ途端に前野は廊下の途中にある扉を開け、さっさと中に入った。廊下を抜けた足立は、自然と定位置に腰を下ろしている。


「何か飲まれますか?」と坂口が尋ねると、「あ、私は今日もこれで」と答えつつ、足立はテーブルの上に缶を並べ始めた。


 キッチンでグラスを三つ用意した坂口は、一つにペットボトルのお茶を注ぎ、残りはテーブルの上に並べて置いた。トイレから出た前野は廊下を抜けると室内をぐるりと見回し、「ほう」と頷いてから空いているスペースに腰掛けた。


「なんだ、この酒の山は?」


「あぁ、良かったら飲みます?」


「ふむ。ビールなら貰おうか」


「じゃあ、これどうぞ」


 足立は幾分かうきうきとした様子で袋から缶ビールを取り出すと、「何だか、ちょっとしたパーティー気分ですね」と言ってニヤつき始めた。


「あんたは飲まないのか?」


 前野はプルタブに指を引っ掛けながら、坂口に向かって尋ねた。


「僕はアルコールがダメなんです」


「そうなのか」


 不憫ふびんな奴だ……。と思いつつ、前野はグラスにビールを注ぐ。


「それじゃ、とりあえず乾杯ってことで」と言いながら、足立は缶を持った手を掲げたが、「俺はそういうのしない主義だ」と言い捨てた前野は、一人でさっさと飲み始めた。


 それを見た足立は少々寂しげな表情を浮かべたものの、じっとグラスを掲げて待っている坂口を見ると緩んだ表情に戻って杯を交わした。


「ふーーっ!」とため息交じりの吐息が空間内に響き渡った後、「早速本題なんですけど」と足立は先ほどの続きを始めた。「どこまで話したんでしたっけ?」


「白い男が望遠鏡を使ってこの近辺を観測しているというところだ」


「白い男?」と、坂口は首を傾げている。


「あっちの角部屋の男のことだ。青白い顔をして、いつも白いシャツを着てるだろ」


「あぁ、確かに! 昨日も白でした!」と足立が答えると、「では、呼称は”白い男”にしましょうか」と坂口が二人の会話をまとめた。


「あなたが知ってることも話してくださいよ」


 早くも一本目のチューハイを空にした足立は、前野に向かって情報の開示を要求した。


「知っていること。そうだな……」


 前野はグラスにビールを継ぎ足しながら、「俺はな、あの白い男がベランダで怪しげな行動を取っていたのを目撃したんだ」と言った。


「望遠鏡ですか!?」足立は咄嗟に声を上げるも、「いいや、違う」と前野はあっさりした口調で返した。


「あれはアンテナのような装置で、電波を拾っていたんだと思う」


「電波を拾う?」坂口はよく理解できないといった表情を浮かべ、「どういうことですか?」と尋ねた。


「まぁ待て。それに対して関連付けるべき事象がある」


 前野は続けて、連日に渡って遭遇した黒電波について(黒いトレンチコートを着た怪しげな男であることも含め)二人に話した。


「奴が宇宙人を探していることは、まず間違いない」


「私も見ました、黒ずくめの男! でも……」と言葉をつまらせた足立は、横目で前野を見やると、「あなたも、実は関係者だったりしないですか?」と彼を怪しむように言った。


 それに対して前野は、「ふん。馬鹿を言うな」と一喝すると、「俺は奴を観察していただけだ。大事な情報は一切渡していない」と答えた。


「例えば、あの”卵”についてもな」

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