11-2



 小林君はニヤニヤしながら、やっちゃいましたね〜、と俺の肩をポンと叩く。この野郎め。


「室さん、それは巴さんが初の実戦に不安がっているから室さんに話を聞いて欲しかったんですよ。それを無下にするなんて、市村少尉が聞いたらグーパンもらいますよ」


「そうか・・・」


 今まで何度となくこんなこんなことがあった気がする。あれはいつだったか、おやっさんの会社で働いていた時、取引先の女性社員に食事を誘われたのだが、食事の後立ち寄ったお洒落なバーで、酔ってしまったと言う彼女を懇切丁寧にタクシーに乗せ帰宅させた話をしたら、巴ちゃんにハリセンで頭を叩かれ、女心についての説教をされたっけ。

 以来、何かあってはくどくどと女心についての説教をされる様になり、そんな俺達をおやっさん達は生暖かい眼で見守っていたのだ。なんだかとても懐かしい気がする。


「まっ、でも挽回するチャンスはまだありますよ。とはいえ、巴さんは数少ないハルモニアの女性隊員です。他の男にとられないよう、こう、ぐっと彼女のハートを鷲掴み続けなきゃ」


「別に付き合ってるわけじゃないよ」


 にべもなく答えるが、この朴念仁めと小林君は目玉焼きに醤油をかけてくる。俺が目玉焼きはソース派と知ってのこの蛮行。とんでもない嫌がらせをするな、この子は。


「やめてくれよ、せっかくの目玉焼きが不味くなる」


 べっとりと醤油をかけられてしまった。それでも、もったいないから残さず食べるが。意外と醤油味もありだな。


「今の室さんも苦々しい思いでしょうソース派なのに醤油をかけられて。でも、巴さんはこんなもんじゃないレベルで苦い想いをしたと思いますよ。それを分かってあげて下さい。それでは、今日の教訓を復唱!」


「目玉焼きには醤油も合う」


「そこじゃねーよ」


 朝食も程々に済ませ、銀の所に向かう。


 オスロ内の移動はその土地の広さもあって何かしらの乗り物を使う事が多いが、基本的に自転車や電気自動車が用いられる。空気の浄化の関係で排ガスが出る乗り物は禁止されているからだ。というわけで、俺達も基本的に体力作りも兼ねてハルモニアの共用自転車で移動している。


 銀というのは、同じハルモニアの戦闘部隊員でラークスの名のある剣士だ。


 正確には銀舎利ぎんしゃりという名前の白く美しい毛並みの猫の獣人なのだが、その剣の腕はラークス随一と言われている。興味を引くのが、彼が扱う剣が日本刀ということだ。服装も羽織袴を好んで着ているのだが、これはラークスへの異世界転移者が日本人で、銀はその転移者を師と仰ぎ剣術の研鑽を積んだかららしい。


 根っからの武人である彼には休日も何も関係がない。だからこうして休日に呼び出される時も、と称し決まって何かしらの訓練をさせられるのだ。さて今回は何をやらされるのだろうか。


 銀の自宅はオスロの郊外にある。妻帯者でかつ奥さんも異世界対策室の職員という事でオスロの郊外に居を構えているのだ。なんでも、エステルとは旧知の仲で、異世界対策室創設にも関わる大物らしく、そうした事情もあるらしい。


 自転車を走らすことしばらく、銀の家が見えてきた。まるで時代劇から出てきたかのような簡素な日本家屋が見えてくる。随分、中核世界の和の文化に染まっていることが伺える。そんなわびさびあふれる建物の縁側に、和服を着た大きな白い猫が一匹、胡坐を組んでお茶を啜っている。


 銀だ。こちらに気づき会釈をする。さらに庭には銀の奥さんが掃き掃除をしていたのだが、こちらに気づくと掃除を中断し、出迎えてくれた。


「ようこそ、休日なのにわざわざ来ていただいてありがとうございます」


 慇懃にお辞儀をする銀の奥さんは、クロという名の猫の亜人だ。猫の耳と尾が生えている以外は外見的にはほぼ人間の姿をしている。銀と同じく和装を好み、その立ち居振る舞いは大和撫子よろしく風雅でもある。髪も長い黒髪とくれば、人気が出ないはずが無く、異世界対策室内ではエステルに次いで不動の人気を博している。


 彼女は異世界対策室では諜報部に所属する一方、その高い戦闘力を買われてハルモニアにも籍を置いている。その身体能力はまさに猫のようにしなやかで俊敏。ラークスの猫忍者の二つ名を持つほどの実力だ。美しく、また強い。まさに才色兼備。


「おはようクロ。銀もおはよう」


「おはよう、小林。すまんな、わざわざ呼びつけて」


「気にすんな。それよか、お前大分楽な恰好してるけど、今日は剣術の稽古はしないのか?」


 銀の家にお呼ばれするときは、大抵は小林君と銀の二人から木刀による三本勝負が行われるのが通例だ。小林君は元々軍人ということで一通りの種類の格闘技術も折紙つきだが、特に剣術を得意としている。これは出動の度に腰に下げた大小二本の刀を見れば分かることだが、その昔ハルモニア配属早々に銀に眼をつけられ稽古相手にされたのがきっかけで、仲良くなったと、いつだったか小林君に教えてもらったことがある。


 猛者揃いのハルモニアにあって、小林君の強さは抜きに出ているという専らの評判だ。しかし、そんな小林君でも、銀との試合での勝率は五分といったところだ。冷静に考えれば、化け物染みた人達に日々稽古をつけられているいるということなのだが、なかなかハードな環境に置かれているなぁと、まるで他人事のように考えていたら、挨拶もそこそこに、今日俺達を呼んだ理由を話し始めた。


「実は、今日は室田も交えて実戦に備えて話をしておきたくてな。こうして一席を持ったわけだ。まぁ、とにかく中に入れ。茶と菓子を用意させよう」


 今日は珍しく、改まった話があるらしい。クロに促され、銀の宅へとお邪魔する。

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