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事故の翌日には、れん君の意識が回復し、俺達とも面会する事ができるまでに回復したのは奇跡としか言いようがない。あの大手術が嘘のようだ。それにしても、れん君と面会し安堵し、喜ぶミユさんの表情はとても印象深かった。昨晩倒れた時は慌てたものだが、ミユさんの具合も良さそうで一安心だ。
「全く、心配させやがって。奥さんを泣かせるもんじゃないぞ」
俺は未婚ではあるが、一丁前に先輩風を吹かす。
「はい、すいません」
れん君は素直に答える。しっかりとした口調だ。本当に奇跡的な回復を見せている。
「ところで、先輩。事故の事なんですが、僕・・・誰か轢いてませんか。事故った時の事がうまく思い出せないんですが、なんだかそんな気がして・・・。もし、誰か怪我させちゃったなら、謝らないと」
答えに窮する。まだ、記憶が混濁しているのが幸いか。
「れん君、意識が回復したからって、そんなに急く事はないよ。仕事の事も気にしないでいいから、今は回復に専念しなさい」
ナイスフォローです、おやっさん。ミユさんも、れん君に気付かれないように小さく会釈をしている。
「そういうわけだ。また来るよ、れん君。お大事に」
「ありがとうございます。ほんとに、すいません、迷惑かけちゃって」
そんな場合でもないだろうに。それでも気をつかうところが彼の人柄をよく表している。
俺達は病室を後にしようとすると、ミユさんもせめて見送りをと一緒に病室の外に出てきた。
「ほんとに、今回の事は何から何まですいません。何とお礼を言ったらいいか」
「ミユさん、どうか気にしないで下さい。困った時は、お互い様ですから」
「・・・ほんとうに、ありがとうございます」
ミユさんは深々と頭を垂れる。
「その・・・、一つ宜しいでしょうか。被害者の事ですが、いつ主人に伝えればいいでしょうか」
ミユさんの顔が苦悶に歪む。とても伝えられないはずだ、こんなこと。
「奥さん、警察も事情聴取は回復を待って行うと言っていました。急いで伝える事もないでしょう。お腹の赤ちゃんの事もありますから、奥さんもご無理をなさらないように」
社長は優しく諭す。ミユさんも、それを聞いて頷いている。こういう場合の対応はほんとうに難しい。いずれ伝えなければならいが、タイミングを間違えれば必要以上にれん君を傷つけかねない。本当の事とはいえ、慎重に事を運んだほうがいいだろう。
俺達はミユさんと別れ、病院を後にする。
すっかり日は昇り、腹時計がなる。
「おやっさん、腹減りましたね」
「そうだな、生きてる証拠だ。素晴らしい事だ」
「なんか食べて帰りますか?」
「先に帰った母ちゃんから連絡あってな。食事用意してくれてるとさ。ぐんちゃんも食べていきな」
「では、お言葉に甘えて」
車に乗り込み、キーを差し込む。座席にもたれ掛かると、無意識に大きな溜め息をついてしまった。今回の件、やはり心にも体にも負荷が大きすぎた。
「ぐんちゃん、ありがとな。色々と」
「なんのこれしき。さぁ、帰りましょう」
エンジンをかけ、車を走らせる。
「今日が定休日で良かったよ。こんな状態で仕事なんか手につかないだろうからな」
「確かに、そうですよね。それにしても運送業で定休日があるってのも不思議な話ですけどね。経営の方は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だから休んでるんじゃないか。俺をその辺のブラック経営者と一緒にされるのは心外だよ。零細には零細なりの経営ってのがあるのだよ、ぐんちゃん」
「さようですか」
おやっさんも軽口が言える程度には、心が持ち直したようだ。
「あとは、れん君が回復して、事故の後始末が穏便に済めば万々歳なんだがなぁ」
「ほんとに、どうなるんですかね」
「警察の話では目撃者も大勢いたし、ドラレコもしっかり記録されてたらしいからね。なんといっても、被害者のお父さんが遺書を見つけたらしいから、全ての事故の原因がれん君にあるわけじゃないのはわかるだろう。裁判所も警察も、そのへんの事情は汲んでくれるだろうさ。あとは寛大な判決ってものに期待する他ないな。とはいえ、人をはねてしまったこと、それが原因で亡くなったこと。この事実からは逃げられないしなぁ。俺はそれでれん君が病んでしまうんじゃないかと、そっちが心配だよ」
おやっさんは遠くを眺めながら、ぼんやりと言う。
「ところでぐんちゃん、今回の事件なんだが、飛び出し自殺ねぇ。困ったもんだけどさ、最近、はやってるらしいじゃないか。異世界への旅立ち、だっけか?」
「えぇ、はやってますね」
異世界への旅立ち。
今、巷では空前の異世界ブームが巻き起こっている。これは、数年前に世紀の事件として騒がれたネット配信に端を発する。今ではアレク凱旋事件と言われる世紀のネット配信は、五年前にアレクと名乗る少年が、自らを異世界転生者と名乗り、転生の証拠とともにネット配信を敢行した事が契機となっている。
そのアレクのライブ配信の概要はこうだ。
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