異世界、ダメ、絶対!!もう誰も異世界には行かせません!!

:DAI

1-1:不幸は突然に 

 茹だる様な暑さ。夏が暑いのは毎年の事とはいえ、年々平均気温が上昇している気がしてならない。おまけに、コンクリートの建物がひしめく街中は、更に殺人的な暑さをもたらしている。


 幸い、トラックでの運送を仕事にしている俺は、荷物の積み降ろしの時を除けば、クーラーが効いた車内で涼む事ができる。車窓からは滝のように汗を流しながらもケータイで喋りながら早足で歩いているサラリーマン達を横目に、心の中でお疲れ様ですと呟く。暑さに弱い俺には、とてもできる仕事じゃない。素直に尊敬してしまう。


 大不況の真っ只中、家族のため、未来のため、生活のため、働かざるをえないのが現代人だ。皆事情こそ違えど、今日も必死に生きている。


 俺もそんな典型的な一人だ。元々出来のいい人間ではない事は、自分自身で理解しているつもりだし、その上で自分にできる仕事を今日もがんばっている。世間ではあまり受けのいい仕事ではないらしいが、俺はこうして働き口があり、生きていけるだけの給料を貰えている。経済難で路頭に迷ったり、一家心中も珍しくなくなってしまった現代においては、仕事ができるということに感謝しなければいけない。


 そんな事を思いながら、粛々と仕事をこなし、淡々と日々を送る。誰も羨ましく思わない生活であっても、俺にとってはこの世界で今日も生きているという事がとても大切なのだ。俺の命は多くの大勢の大切な人達によって守られ、育まれてきた。一人息子の俺を育て上げる為に死に物狂いで働いてくれた今は亡き両親。頭の悪い俺に就職先を見つけてくれた高校時代の恩師、そして、俺を雇ってくれた会社や共に働く同僚たち。挙げればキリが無い。


 だからこそ、俺は今日もがんばるのだ。そして、いつかお世話になった人達に恩返しをするために。


 日も傾く頃、今日の分の配送も終わったので、会社に帰る。


 俺が務める運送会社は、地元密着の小さな会社だ。社員は、俺ともう一人の同僚を除けば、社長と、社長の奥さん、それに若い事務員の巴ちゃんしかいない。皆とてもいい人で、ブラック企業だらけの昨今、これだけ人間関係に恵まれた環境で働ける事は運が良いとしか言いようがない。


「おっ、ご苦労さん!今日も暑かったな」


 会社の玄関前で威勢良く迎えてくれたこの人が社長だ。社長は自分の事を社長と呼ばれるのを嫌っている。だから俺達は親しみを込めておやっさん、といつも呼んでいる。


「おやっさん、ただいま」


「ぐんちゃんは無事に帰ってきたな、よしよし。無事で何より」


 ぐんちゃん。


 会社で呼ばれている俺の愛称だ。本名、室田軍司。だから、おやっさんも俺の事を親しみを込めてぐんちゃんと呼んでくれる。最初は気恥ずかしかったが、今ではすっかり慣れた呼ばれ方だ。


「れん君は、まだ帰ってきてませんか?」


 れん君とは、もう一人の同僚の子だ。俺と同じくトラックでの配送を担当している。仕事にマジメで、人当たりもいい。今年で二十歳になる若い子だが、既に結婚していて、子供ももうすぐ産まれるらしい。おめでたい事だ。


 三十路をとうに過ぎたというのに、相変わらず結婚はおろか浮いた話の一つも無い俺に比べて充実した人生を送っている。羨ましくないと言えば嘘になるが、一人っ子の俺としては、れん君がまるで弟のように思えて仕方がない。とても可愛い存在なのだ。そういうわけで、俺は彼の幸せを願ってやまないわけだ。


 年季の入った会社の車庫を見る。れん君のトラックはまだ戻っていない。普段からキビキビと仕事をこなし、安全運転にも定評のある彼が珍しく仕事で手間取っているのだろうか。


 バンッ、とドアを開ける大きな音。


「あんた、大変だよ!」


 血相を変えて会社の事務所から飛び出してきたのは、社長の奥さんだ。この会社の事務を取り仕切っている肝っ玉母ちゃんみたいな奥さんとはいえ、普段はおっとりとしたやさしいおばさんだ。そんな人がここまで慌てているとは、只ならぬ事が起きた事は間違いない。


「警察から、連絡があって、れん君が・・・。れん君が事故を起こしたって・・・」


「なんだって、詳しく教えろ!」


 おやっさんは、狼狽する奥さんを宥めながら、事情を聞きはじめた。


「れん君は大丈夫なのか?怪我はしてないのか」


「それが、意識不明の状態で救急車で運ばれたって・・・。それに、れん君・・・人を・・・」


「・・・人がどうしたって。まさか・・・」


「れん君、人をはねたんだって・・・。はねられた人も、意識がなくて今病院に運ばれてるって・・・」


 奥さんは動転しながらも、涙をこらえ状況を教えてくれた。


 まさか、あのれん君が事故を起こすなんて。彼の性格上、危険な運転をすることはありえない。日頃から、交通事故の悲惨さを訴え、安全運転を心掛けている彼のことだ。特にトラックに乗っている以上、誰も事故に巻き込まないと心に決め、それを徹底している彼が、そんな大事故を起こしたとはとても信じられなかった。胸の鼓動が早まり胸が締め付けられる。


「わかった。とにかく俺はすぐ病院に向かう。お前はれん君のご家族に連絡を。それから会社の戸締まりを頼む」


「おやっさん、ついていきますよ」


 俺は車の支度をしながらおやっさんに声をかける。


「いや、ぐんちゃんは帰ってなさい。今日も疲れたろ。ここは俺に任せて・・・」


「おやっさんもだいぶ動転してますよ。それじゃあ病院につくまでに事故っちゃいますよ。ここは俺に任せて下さい」


 おやっさんは、ハッとし、自分の腕を見る。ブルブルと腕が震えている。自分では全く気がつかなかったらしい。


「そうだな・・・。すまない、運転頼めるかい」


「はい、任せて下さい」


 奥さんかられん君達が運ばれた病院を聞き、俺ははやる気持ちを抑えつつ、車を走らす。彼らの無事を願いながら。

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