夏のシダレ

佐久間 空亡(そらなき)

第1話(一話完結)

心なしか、未だ耳の奥で轟音が鳴る心地がしている。


夏になると、人々はわずか一週間の蝉の寿命を哀れんだりするけど、あの、空に数秒だけ咲き誇ってすぐさまに散っていく花を、人は喜んで見届ける。


『柳』と聞いたその花火は、今日の主役をかっさらう様に派手に燃えていた。

花火の音が聞こえると言っても、そもそもそれは空耳だ。揺れている乗り物にずっと乗っていたら、降りたあとも揺れている感覚になることがあるだろう。それと同じだ。未だ耳の奥で火の花はうるさく散っていた。

大概は帰路に就いている人々の喧騒で掻き消されていく。うざったくなるような人々の騒ぎ声の中でも一際、俺の鼓膜を震わすものがあった。

「だからな? おれは言っただろ? ベビーカステラとシロップは合わないんだって」

「言ってねえよ、お前が散々、ヤスにやれって言ったんだろうが」

「まっず!」

「おい、なんでまた食ってんだ!」


俺たち四人はそうやって騒ぎながら、嫌になる程の人々の荒波を避けるために、少し外れの海にやって来た。砂浜のすぐ背後には森が聳えている。


「それにしても、人、すごかったな」

「祭だからな」

「祭だからね」

恐らく今日なら、この海もさぞ盛況したことだろう。その証拠に、中々に酷いゴミの量だ。

「なあ、さっきの山中さん見たか? 美人は浴衣着てもやっぱ美人だよなあ」

「着ても、っていうより、着てるから、だろ」

俺たちのクラスメイトの山中さんは美人で有名だ。先程も煌々とまぶしい屋台の中で、一層、輝く人があった。それが山中さんだ。

いや、大げさか。俺も、祭でテンションが上がっているのかもしれないな。

「付き合いてぇなー、山中さん」

お前には無理だ。

「お前にゃムリだ引っ込んでろ」

ナイス。わざわざ俺が口を出す手間が省けたよ。

「なんか暗いな。花火でも買ってくれば良かったか」

「今散々見てきただろ」

「花火ってさ、こう、すぐ散らないでさ、爆発したそのままさ、固めれたらいいって、思わない?」


……何を言っているんだこの阿呆は。

「せっかく綺麗だからさ。あのまま固めれたらいいのに。ずっと見ていたいじゃん?」

「あのなあヤス、バカは休み休みに言えよ」

「そもそも爆発って現象の名前で、実体があるもんじゃないって、今日の授業で聞いたろ」

「そりゃ聞いたけどさー……でも……」

今日のヤスはやけに食い下がる。俺も何か言うべきだろうか。

でも、なぜかヤスのその言葉を否定できなかった。結局、俺は無言だ。

「ねえユウ、キョウ、実体が無くたって、少しくらい、時間を止めれてもいいじゃない……」

時間? そんな話をしていたっけ?

「……ヤス。もうあれから一年だ。何も、変わってないだろ。去年と同じ、四人での夏祭りだろ」

そうだ。去年と同じ。ヤスと、ユウと、キョウと、俺。

――俺? 『俺』って、誰だ。

俺が、自分を『俺』と呼んでいること、それしか分からない。

「もういいよ!」

身体が跳ねた。ヤスの言葉で、また三人に目を向ける。

「もういいよ。ユウもキョウも、逃げてばっかりだ! もう一年も経つのに!」

「……なんだよ」

「……一番立ち直れてないのは、お前だろ」

なんだ? 三人はなんで急に喧嘩を……止めるべきだろうか、結局、俺は無言のままだ。

突風が波を攫ってきた。

俺の頭上に枝垂れる『柳』が、俺の視界を覆って、三人から遠のいていく。

そうか。さよならは、俺から言わなければいけなかったんだな。


「ケンカは、やめてくれ。ゴメンな、直接お別れを言えなくて」


「ゴメン、すまない、面目ない、哀しくない……。涙は、出ないんだ……。」


結局、俺は無言のままだ。

『俺』は、三人から目を背けるように項垂れて、そのまま、眠ってしまった。

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夏のシダレ 佐久間 空亡(そらなき) @soranaki_39ma

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