三三三五年

まるで岩盤のような氷に圧し潰された廊下の先を見て、浅葱あさぎはその先に進むことを断念した。この先にも遺跡がある可能性はもちろん高い。しかし、完全に氷に圧し潰され使えるものが何一つ残っていない可能性もある。それを確かめるには掘ってみるしかないが、何故かその気にはなれなかった。


もし、掘りたいと思う者がいれば好きにすればいい。しかし少なくとも今は自分で掘ろうとは思えなかったのだ。


物置に戻り、今度は棚を物色した。先日持ち帰ったメディアとは違う何かがあれば今日はそちらを持ち帰ろうと思った。


すると、<ねむりひめ>が立てかけられていた場所のすぐ脇の棚に、他のメディアが入ったケースとは印象の違うものが収められていることに気付いた。


『…本…?』


それは、紙の本のようにも見えた。取り敢えず手に取って開けて見ようと思ったが、本そのものが凍り付いていて開くことができなかった。現在の室温は氷点下四十度。あの<ねむりひめ>がヒーター代わりになって室温を上げていたらしいがそれがなくなったことで殆ど外と変わらなくなってしまった為にまた凍り付いたと思われた。


無理に開こうとすれば壊れてしまうかもしれない。それでは価値が下がってしまう。


しかも、表紙を見ると<あさぎシリーズ・ユーザーズマニュアル>と書かれていて、あの<ねむりひめ>に関係する何かだというのはピンときた。そうなるとそれこそ迂闊には触らない方がいいと思った。千治せんじに任せるのが得策だと。


そして浅葱あさぎは、それをはじめとしてメディアのケース十個をバックパックに詰めて、今日のところは帰ることにしたのだった。




その頃、<あさぎ>の評価を行うべく清見きよみ村の集会所に泊まり込んでいた千治、舞華まいか美園みその仙山せんざん鹿丸かまる香瑚たかこ恵果けいか、及び舞華の秘書の椋姫くらき織南おりな詩繰しくりの十人は、<あさぎ>に対して疑問をぶつける形で、<メイト>とは結局どういうものなのかを知ろうとしていた。


前回の起動から既に十二時間以上経っていた為に、再び千治を仮のあるじとして登録し、<お試しモード>を起動する。


「お前が作られたのはいつだ…?」


舞華の問い掛けに、<あさぎ>は素直に応える。


「私の一号機がロールアウトしましたのは、銀河歴〇〇四五年、西暦で申し上げますと二七一八年です。私の内臓時計に狂いがなければ、現在は銀河歴三三八〇年、西暦で申し上げますと六〇五三年となっておりますので、三三三五年前となります」


淡々と応えた<あさぎ>だったが、その場にいたものは全員、「三千三百…!?」と言葉を失ったのであった。


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