規格

「申し訳ございません。規格の設定に誤りがありました。ブレーカーを戻し再度お試しください。ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます」


すべての電気が落ちた暗闇の中で、誰かがそう言った。しかしその声は、その場にいる、誰のものでもなかった。


暗闇の中に、ぼんやりと光るものが二つ。目だった。台に寝かされた<メイトと思しきものの>の目が開かれ、僅かに光っているのだ。


「喋った…!」


美園みそのと、秘書の香瑚たかこ恵果けいかの三人が思わず揃ってそう声を上げてしまった。


千治せんじはそういうものであるとしっかり承知してたし、重蔵じゅうぞう浅葱あさぎ達は既にそれが喋るのを目撃していたからそこまで驚かなかったが、それでも不意を突かれてギョッと体が撥ねてしまったのも事実だった。


「ブレーカーを戻して大丈夫なんだな…?」


千治が尋ねると、<メイトと思しきもの>が、


「はい、ご迷惑をお掛けいたします」


と応えた。それは、文献の中などでしか見られない古い言葉遣いだった。


長々と喋る習慣が失われたことで語彙も失われ、現在は丁寧語や謙譲語や尊敬語というものも大半が形を失っていた。言葉は、ただただ用件だけを伝える記号でしかなくなっているのだ。


ブレーカーを入れ直すと、パッと部屋が再び明るくなった。今度はブレーカーが落ちなかった。


「現在の規格ですと、充電が完了するまで二百時間を要します。お急ぎの場合は、急速充電ステーションをご利用成されることをお勧めいたします」


二百時間ということは、自転周期が二十一時間だったこの惑星ハイシャインではほぼ十日である。千治の家は様々な機器を使うことがあるので一般のそれよりは電気を多く使えるように設計されてるのだが、それでもということか。


「二百時間とは、これはまた大食いだな…」


重蔵も呆れたようにそう口にする。


しかし、<メイトと思しきもの>は再び目を瞑り黙ってしまった。実はインフォメーションメッセージを伝える為だけの機能だったので起動した訳ではなかったのだが、この時点の彼らがそのことを知る由もなかった。


「二百時間も要するということはそれだけ大きな電力が必要ということだ。いったい、どれほどの機能をもっているのか…」


腕を組みながら千治が呟く。


それからおもむろに、問い掛けてみた。


「お前は、メイトなのか?」


その問い掛けに、<メイトと思しきもの>はまた目を開き、


「はい、私は皆様方人間ひと仲間メイトたる、メイトギアでございます。JAPAN-2ジャパンセカンド社製、あさぎ2788KMM。<あさぎ>とお呼びください」


と名乗ったのだった。


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