村長

「よし、これで行くぞ…」


浅葱あさぎ圭児けいじ遥座ようざ開螺あくらが<メイトと思しきもの>を氷窟の本道へと移動させたところに重蔵じゅうぞうが部屋から上がり、そう声を掛けた。


四人は黙って頷いて、重蔵と開螺あくらが前から引き、浅葱あさぎ圭児けいじ遥座ようざが後ろから支えた。温度が低すぎて踏んでも氷が解けない為に殆ど滑ることがないとはいえ、坂が急なところではさすがに滑り落ちる可能性もあるからだ。スピードが出すぎないように、ブレーキの役目もある。


万が一滑り落ちて巻き込まれれば命にも関わる。だから前の方が危険だし、万が一の際には手を離すように、浅葱あさぎ達は命じられていた。


もう役目も終わりに近付いていると考えている重蔵はともかく開螺あくらが危険な方を受け持っているのは、これも宇宙服を再利用した防寒装備のおかげで身軽であり、もしもの時にもすばやく身をかわすことができる可能性が高いからである。


それでも事故が起こらないのに越したことはないので、上る時の倍以上の時間を掛けて慎重に進み、氷窟の出口に辿り着く頃には既に夕食の時間を過ぎていた。後はやぐらに備え付けられたクレーンで下ろせば台車に乗せて運べばいい。


ここで油断して事故でも起こせばすべてが台無しになるということで、最後まで気を抜かずに作業を行う。すると、櫓の下に何人かの人影が見えた。その一人は千治せんじだった。<メイトと思しきもの>を搬出するということで居ても立ってもいられなくなったのだろう。他には清見きよみ村の村長の美園みそのの姿も見える。千治から話を聞いて、こちらも大人しく待っていられなかったに違いない。


重蔵が残ってクレーンを操作し、浅葱あさぎら四人は、クレーンが下げられるのに合わせて櫓を降りた。


百メートルの高さからだったが、ここは地下の閉鎖された空間なので、殆ど風もない。空洞の上部と下部で温度差があり空気の対流が起こっていることでまったくないという訳ではないが、僅かに空気が動いているのが分かる程度だった。


だから風であおられることもなく、無事に台車に<メイトと思しきもの>を下すことができた。


「これがメイトか…?」


村長の美園みそのが興奮を抑えきれないといった感じで問う。


「まだはっきりとしたことは言えないが、見た限りではその可能性は高い…」


千治もフードの奥から明らかに興奮している目で見詰めながら応えた。


そんな二人の様子に、発見者である浅葱あさぎも心臓がバクバクと激しく鳴っているのを感じていた。


「大変なものを見付けたな、浅葱あさぎ


美園が真っ直ぐに視線を向けながら言った。彼女は、浅葱あさぎの母の友人だった。年齢は三十三。一時は砕氷さいひとしても活動していたが、面倒見の良い性格がまとめ役に向いていると先代の村長に言われ、後を継ぐ形で村長となった人物だった。


現在この世界では、三十人から五十人単位で<村>が作られ、二十から三十の村が集まって<町>を形成し、七十の町が<市>を成していた。


そして、それが今は世界の<全て>である。


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