第42話 女王蜂
~東京・南光院邸~
警護隊の休憩室では、冷たくなっていく自分の父親・九条晃の横に膝から崩れ落ちた知佐が、銃を握ったまま涙を流している。
「お父さん…。」
知佐の心は、厳しくも優しかった父の命を自らの手で奪った事実を、受け止めきれずにいる。
すると、扉の方から足音と悲鳴が聞こえてきた。
(さぁちゃん…行かなきゃ…)
知佐が起き上がると同時に、紗織たちが逃げて行った扉から男が飛び込んでくる。
「本部長大変ですっ!」
飛び込んできた男は、中の光景を見て一瞬動きを止めたが、すぐに銃を構える。
「貴様っ、がはっ!」
男は後ろから太い針のようなもので貫かれると、そのまま体を持ち上げられ、反対側の扉まで吹き飛ばされた。
男が居た場所には、黒いレザージャケットに黒いスキニーデニムを履いた、アーモンド形の目をした女が立っている。
尾骨の辺りからは、黄色と黒の縞模様の蜂の尾のようなものが、先端に針を付けたまま左右にゆっくりと揺れていた。
「女王蜂」
蜂谷薫は抑揚のない冷めた声で呟く。
「蜂谷薫! あなた…何故ここに?」
蜂谷薫は部屋の中を見回すと、知佐の疑問には答えずに妖艶な笑みを浮かべる。
「九条知佐、親殺しの女か…。」
知佐は、はっとして目を伏せる。
「ち、違うの…これは。」
咄嗟に否定の言葉を紡ぎだしたが、続きが出てこない。
(そうだ、私は父を殺してしまった。
人の命は小事じゃないと、偉そうに言ったその口で、今度は嘘を吐くの?)
知佐は言葉を失った。
「お前も人殺しだ、九条知佐。」
「違う、私は…。」
「…お前はいずれ翔も殺す。」
「なに?翔?」
聞き返す知佐に、薫は殺意のこもった目を向けた。
蜂の尾がゆっくりと知佐の方に動き、針の先端が知佐に狙いを定める。
その針は毒液に濡れていた。
「だから私がお前を殺す。」
女王蜂の針が知佐を襲う。
「なにしとんのや!」
咄嗟に飛び込んだ谷本が知佐を突き飛ばすが、知佐の右わき腹は深くえぐり取られていた。
「なにしとんのや?」
谷本が改めて聞く。
「お前こそ何してる?くたばり損ない。」
「質問に質問で返すなや、いてまうど。」
谷本は四つん這いになり、襲撃体制に入ると尻を高く突き上げて左右に振り始めた。
しかし、その体は傷だらけで、背中の虎は今にも消えてなくなりそうだ。
「くたばり損ないが!」
薫は女王蜂の針の狙いを定め、手にはサバイバルナイフを逆手持ちにして構える。
一触即発の空気が張り詰めていく所に、野球のボールの様なものが飛び込んできた
ボンッ
乾いた音を立てて弾けると煙幕が周囲を包む。
(しまった、仲間か。)
薫は身を縮めて襲撃に備え、周囲に神経を配る。
(…逃げたか。)
煙が晴れると知佐と谷本の姿はなく、その代わりにおびただしい量の血痕が出口の方へと続いていた。
(服部半次郎の仕業だな。)
一瞬出口の方を睨み、追う姿勢を見せたが、背後から警護隊が駆けつけてくるのを察すると、天井裏へと姿を隠す。
(女王蜂の毒に解毒剤はない、どのみち九条知佐はもう終わりだ。)
薫は、ぞっとする程に凄惨な笑みを浮かべた
**********
「おい、急げ! 急げ!」
半次郎が谷本と奈々を急かす。
「無茶言うなや、けが人やぞ!」
谷本に背負われている知佐は、意識を失いえぐられた脇腹からは出血が止まらない。
「居たぞ!あっちだ!」
「回り込め!」
「止まれ、止まらんと撃つぞ!」
パンッ、パンッ。
警告と銃撃の音が鋭く響く。
「君たちは正門へ急げ!」
半次郎が覚悟を決めたように立ち止まる。
「半次郎さん!」
振り向いた奈々に、不器用なウインクを返す。
「この服部半次郎がここから先は一歩も通さん!」
半次郎が一世一代の大見得を切った所で、正門から激しい衝突音が響いてくる。
ガゴンッ
鉄のゲートがブチ破られて、ウニモグが猛スピードで突進してきた。
「イソゲ!!」
運転席のレオナルドが手を振り回して合図している。
「あっちだ、急げ!」
半次郎は奈々たちに指図すると、背負っていたデイパックから持てる限りの煙球を取り出して追手に投げつけた。
轟々と湧き上がる煙に巻かれて追いつけない追手を尻目に、半次郎たちはウニモグに乗り込む。
「急げ、急げ!」
キャビンの中から運転席の窓を叩いて、避難完了を伝えると、レオナルドがアクセルを踏み込んで急発進する。
正門の警護官が駆けつけてくるのを、タイヤの跡をベッタリと路面に付ける急旋回で蹴散らすと、正門を突破して、南光院邸を脱出した。
「サオリちゃんハ?」
運転席とキャビンの間の窓を開けてレオナルドが尋ねる。
「それより病院だ! 急げ!」
横目にキャビンの状況を確認するレオナルドの目に、知佐の体の下に広がる血の海が映った。
**********
~東京・日枝神社~
「かっ」
咲山は銃を構えたまま、信じられないと言いたげに目を見開いたまま固まっている。
翔は、まだ思うように動かせない体を動かし咲山の銃を奪うと、銃握で思いっきり咲山のこめかみ辺りを殴りつけた。
吹っ飛ばされた体が巫女に激突し、翔の視線が外れると、術も解ける。
「お、お前、忍術を失ったはずじゃ?」
咲山は呻くような声をあげる。
「あぁ、失った。」
翔も信じられないものを見るように、自分の体を見つめている。
「では、今のは?」
足にきているのか立ち上がれない咲山は、手と尻を使って後ずさりする。
「戻ったらしい。」
そう答えた翔には爽やかな笑顔が戻っている。
「さて、風魔の女たらし。」
「ふっ、形勢逆転という訳か。」
「(降天菊花)はどこだ?」
「知らん。」
翔は奪ったジグ・ザウエルの銃口を咲山に向ける。
「知らん、本当だ、だが、みかど様は知っておられる、どこへかは知らんが残りの風魔を連れて出立なされた、俺はお前たちの後始末を命じられただけだ。」
「お前たちとは?」
「お前と、そこのガキと、お屋敷に捕らわれている娘だ。」
「紗織も?」
「当然だろう、もうお前たちの血筋に用はない。」
「僕たちの血筋…。」
崇継はその言い方に引っかかった。
「もしかしてお爺さんも?」
「放っておけば数日で潰える命だ放っておけ。…との仰せだ。」
崇継は少しだけ緊張を解く。
「残りの風魔の人数と術は?」
「残りは…」
パアァン。
鋭い銃声が響き、咲山の心臓を銃弾が貫く。
「ペラペラと良く喋る、いけ好かねぇ奴だぜ。」
驚いて振り返る翔に、蜂谷攻が銃口を向けた。
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