第40話 親と子と
~東京・南光院邸~
十数台のモニターが並ぶ薄暗い部屋で、一人の男がいら立ちを隠そうともせずに、部屋の中をウロウロしていた。
広い邸宅に無数に仕掛けられた監視カメラの映像を、紙芝居の様に切り替えながら映しているモニターの中で、1台だけはさっきからずっと誰もいない紗織の部屋を映している。
「いつ気づいたんだ。」
九条晃がいら立ちを抑えながら詰問する。
「はい、三十分程前に…。」
「録画のデーターは?」
「それが、昨日の分から書き換えられているようで…。」
「この間抜けが!」
九条晃は一喝すると部屋を出た。
(知佐に違いない。)
昨晩、彼に連絡をしてきた南光院典明は、彼にしては珍しく上機嫌であった。
どういう手を使ったのかは分からないが、日枝神社の宮司を捕らえ、(降天菊花)に繋がる有力な情報を入手したらしい。
在りかさえ分かってしまえば、崇継にも紗織にも用は無い。
二人をどうするか指示を仰いだ九条晃に、南光院は上機嫌に答えた。
「もうあの子供らには用はない…だが、生きておれば後々面倒な事にもなりかねんのぉ、そうは思わんか?」
(言外の強制だ。)
「はい、そのように。」
「明日の朝餉が最後の晩餐とはのぉ。」
感慨深げに南光院が呟く。
「して、陛下はいかように?」
「放っておいても潰える命を、わざわざ潰してやる事もなかろう。」
「はい、そのように。」
「九条よ。」
「はっ!」
「我々の宿願は近い、くれぐれも抜かるなよ。」
「はっ!」
その後、知佐に悟られないように、明朝の紗織の処刑に向けて準備をさせた。
そして、朝目覚めて見ればこのザマである。
(知佐め…。)
処刑の準備に気づいたのか、それともその前から計画していたのか、監視カメラのデータを書き換えた事からすれば、恐らく後者だろう。
九条晃は、紗織の部屋に入り、周囲を見回す。
窓からは縄状に結ったカーテンが垂れ下がっている。
(逃げ切れまい。)
哀しげな視線を窓の外に送る。
往時よりも少ないとは言え、五十名を超える武装した警護員が捜索に当たっているのだ、いずれ捕まるだろう。
(その時、俺が知佐を撃つのか、わが娘を…。)
九条晃は心の底から身震いし、ポツリと呟いた。
「大事の前の小事。」
**********
知佐と紗織は埃だらけのユニットバスの天井裏で、男が部屋から出ていくのを息を潜めて待っていた。
「さぁちゃん、大丈夫?」
「うん、大丈夫。」
「もうすぐだからね。」
知佐は時計に目をやって、時間を確認する。
(遅い。)
焦れる気持ちを抑える様に、ベレッタM9の銃握を撫でる。
ジリリリリッ
突然、警報ベルがけたたましい音を立てて鳴り響いた。
(来た!)
知佐と紗織は目を見合わせて頷き合った。
**********
「本部長、侵入者です。」
「どこだ?」
「裏庭、南門です。」
「陽動だな、3班と4班を回せ! 監視カメラチェック!」
数十台のモニターに監視カメラの映像が、次々に切り替わっていく。
「本部長、これを!」
映像をズームすると、ちょび髭を生やした丸メガネの男が、地下通路を忍び込んでくる所だった。
「どこだ?」
「…№25、第7地下通路です。」
「ちッ、1班・2班は出口を封鎖してあぶり出せ!」
「本命でしょうか?」
「いや、陽動だ。」
「本部長!」
「何だ。」
「監視カメラの電源が切られました。」
「本命が来たぞ! 5・6班は紗織様の部屋に行け!7・8班は付いて来い。」
**********
「な、言うたやろ、ここの警備はザルやって。」
「ほんとね、早耶香ちゃんは頼りになるわ。」
谷本と菜々は紗織の部屋の前に立つと、ドアの両脇に別れて中の様子を伺う。
谷本は、菜々に目で合図を送ると、ドアを蹴り開けて中に飛び込んだ。
「クリアや。」
菜々も持ちなれないジグ・ザウエルを手に飛び込むと、片方の手に持っていた見取り図でユニットバスを確認する。
「あっちよ。」
二人はユニットバスに駆け込むと、点検口の蓋を押し上げた。
と、同時に天井裏から銃口が二人を狙う。
「ま、待って、私たちは味方よ、あなたたちは崇継君の妹さんと翔君のお友達でしょ?」
菜々が慌てて釈明をすると、知佐が探るように顔を覗かせる。
谷本の姿を確認すると、急いだ様子で下に降り、後から付いてくる紗織を両手で抱えて降ろす。
「来てくれてありがとう、私は九条知佐よ、それでこちらが…。」
「紗織です。」
紗織がペコリと頭を下げて自己紹介する。
「よろしくね、紗織ちゃん。」
菜々は笑顔で紗織の頭を撫でた。
「翔君たちは陽動?」
「アイツは別件や。」
答えた谷本が、こちらに駆け寄る十数人分の足音に気づいた。
「のんびり挨拶しとる暇は無いようやで。」
足音からは緊迫の度が増している。
「この部屋、他に出口はないんか!」
「そっちの控室から、警護隊用の出口に繋がってるわ!」
知佐は、右手のドアを指さす。
「ほな、自分らはそっちから逃げ!」
「でも、早耶香ちゃんは?」
心配する菜々に自信たっぷりに言い放つ。
「ウチは忍者やで、あんなザコども昼飯前や!」
菜々はそれでも心配そうにしていたが、
「はよ行き!」
とお尻を叩かれて、やっと知佐たちの方へ駆け出した。
「やっと行きよったか。」
谷本は三人がドアの奥に消えて行くのを見て、安心したように漏らす。
「ほな、いくか! 恨猫懺牢」
谷本の背中に、覆いかぶさるように虎の毛皮が現れたが、半透明のままだ。
「キレかかっとるな…最後まで持ってくれよ。」
意を決したように足音の方へ駆け出した。
**********
知佐たち三人は、控室から警護隊用の通路に出ると、その先の警護隊用の休憩室へと走った。
知佐は紗織の手を引き、その後ろを背後に警戒しながら菜々が追う。
警護隊の休憩室の左のドアは南光院典明の執務室への廊下に繋がっており、右手のドアは外部に抜ける廊下に繋がっている。
「さぁちゃん、もう少しだからね。」
「うん、大丈夫。」
紗織は息を切らしながら、気丈に答える。
知佐は休憩室のドアの前立ち止まり、中の様子を伺うと、間髪入れずドアを蹴り開けた。
休憩室はもぬけの殻だ。
「そっちよ!」
知佐が右手のドアに駆け出そうとすると、左手のドアが音もなく開いた。
「紗織様、何をしておいでですか?」
九条晃が沈鬱な表情を浮かべて立っている。
「九条のおじさま…どうして?」
「紗織様お久しゅうございます。」
「お父さん…。」
知佐が紗織を庇うように半歩前に立つ。
「知佐、そこをどけ。」
「いやよ、さぁちゃんをどうするつもり?」
「お国のため…死んでいただく!」
懐から取り出したベレッタの銃口を紗織に向ける。
「お父さんっ!」
知佐も銃口を晃に向けた。
「行って!」
知佐は前を向いたまま紗織たちに命じる。
「でも!」
「早く!」
しぶる紗織を叱りつける様な声だ。
「分かったわ!」
菜々が紗織の手を引いて右のドアから出ていく。
「待て。」
「させない。」
親と子は銃口を向け合ったまま睨み合った。
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