第14話 忍術・梅花の舞~飛梅~

(しまった…。)


 辺りを覆う煙の中、翔は口と鼻を手で覆い、薄目を開けて周囲を警戒する。


「自分、目ぇから何か飛ばしよるんやろ?」


(ご名答。)


 内心で答える。


「煙が効くっちゅう事なら、これも効きよるやろな。」


 煙の中から姿を現した女の目には、濃い色のサングラスが掛けられている。


(またまたご名答。)


 忌々しげに内心で吐き捨てた。


 <破刻の瞳>は、相手に自分の目を見させると同時に、自分も相手の目を見ないと発動しない。視線を物理的にカットされてしまうとお手上げなのだ。

 いつぞやダニエル達に、自分の忍術が時代遅れだと卑下してみせたのは、そういう事だ。

 戦国時代や江戸時代には無敵の術だったかもしれないが、今の時代では百均で売っているようなもので容易く防がれてしまう。


「伊賀モンの手品も、案外しょーもないのぉ。」


「なら、甲賀の曲芸はもっと楽しめるのか?」


 減らず口を叩く間に、崇継の無事を確認する。


「谷本や!」


「は?」


「谷本早耶香や! 伊賀モンを始末した天才忍者はウチやって、そこの坊ちゃんに証言してもらわんとイカンからな。」


 谷本は、翔を中心に円を描く様にジリジリと距離を詰めてくる。


「天才忍者? オモシロ曲芸師の間違いじゃないのか?」


 それに気づいた翔も、崇継を庇うように体の向きを変える。


「曲芸やと?」


 谷本は、動きを止めて、白い歯を浮かべた。


 サングラスで隠れた目が笑っているかどうかは、分からない。


「えぇもん見せたる言うたやろ。」


 そう言うと、右手に持っていたあの子猫の死がいを、前に突き出した。

 翔の心が怒りに揺れる。


(あの二人には見せられないな。)


 知佐と紗織が出遅れた事に感謝した。


「こう見えて、ウチは優しいねん。」


「なに?」


「ウチのご先祖様は、首を締め上げて殺しとったらしいで。」


「・・・。」


「でも、優しいウチはそないな事できひん、せやから毒を使うたんや。」


「何だと?」


「最後の晩餐や、死ぬ前にご馳走をたらふく食わせた後、毒の効果で…せやな1時間くらい苦しんでから死んだんや。」


「貴様!」


 翔の口の中に苦い液体があがって来て、怒りに満ちた目で谷本を見る。


「しゃーないやん、ウチの術には恨みを持って死んだ猫が必要なんやから。」


 言い訳がましく弁明すると、死がいの首を掻き切って頭上に掲げ、滴り落ちる血を全身に浴びた。

 おぞましい光景を目の当たりにし、崇継は気死したように動けない。


 おびただしい量の血を浴びた谷本は、子猫の死がいを芝生に投げ捨てた。

 すると、不思議な事に、その死がいから半透明の何かが浮かび上がり、谷本の全身を覆っていく。

 谷本の全身に付着していた血は、その何かに吸いこまれる様に消えていき、代わりにその何かに色が付いた。


 その姿は、まるで虎の毛皮だ。



 谷本の目がサングラス越しにも分かるほど強烈に輝いている。



 ここぞとばかりに術をかけたが、その効果のほどを半信半疑で見つめている翔を見て、谷本は笑みを浮かべた。


「ここで術を掛けるんは、さすがや。」


 妖艶な笑みを浮かべると、サングラスを取る。


「けど、効かへんなぁ。」


 普通の大きさの倍ほどに広がった瞳孔は、まるで猫の目だ。


「自分、猫の目がなんでキラキラ光るか知っとるか。」


「知るか!」


「網膜の裏にタペタム言う反射板が付いとってな、それが光を跳ね返して光るんや。それが自分の術も跳ね返したっちゅう訳やな。」


 自信たっぷりに解説しながら、谷本は四つん這いになり、尻を高く上げ小刻みに左右に振り始めた。

 まるで、襲撃体制に入った猫のようだ。


「つまり! どう足掻いても自分はウチには敵わんいう事や!」


 猛烈な勢いの突進を、すんでの所で転がりながら躱せたのは、忍者修行の賜物だ。

 翔はさっきまで自分が背にしていたN-BOXを見て戦慄した、鋭い爪の一撃でフロント部分が根こそぎ削られている。


「どや、大人しゅう降参したら、あげるで。」


「そっちこそ、でもあげようか。」


 憎まれ口を返す。


「懲りんやっちゃな、ほな、地獄に行ったら、閻魔さんに「冥途の土産にえぇもん見せてもろうた」て報告するんやで!」


 谷本は、猛烈な突撃を次々と繰り返す。

 ギリギリで転がって交わしながらも、その風圧だけで翔の身体は傷だらけだ。


(このままでは持たない。) 


 なんとか、打開策を考えていたが、もうアレしかない。


(だが、出来るか?)


 その時、怯えながらも信頼の眼差しで自分を見ている崇継が目に止まった。


(やるしかないか。)


 翔は決意を固めると、すっくと立ちあがった。


「なんや、覚悟決めたんかい?」


「あぁ。」


「ほんなら、さいニャらや。」


 谷本が尻を高く上げると同時に、翔は両の掌を上に向けた。

 すると、手のひらからゆらゆらと蜃気楼が立ち上り、半透明な梅の花びらの様に形を変えていく。


「なんや、最後に花束くれるんかい、急にして命乞いしても無駄やで。」


 野生の警戒心が最上級の危険を知らせたのか、谷本は減らず口を叩きながらも襲撃体制のまま様子を伺う。

 手のひらの上で揺れている梅の花は、今や左右併せて数百枚。


。」


 翔は舞を踊るように、優雅な手つきで左右の手を交差させると、鋭い言葉を発した。


!」


 まるで左右の手に操られるかのように、数百の花びらが一斉に谷本に襲い掛かる。

 間一髪高く飛んで直撃は避けた谷本だったが、腕や足など、花弁が掠った所は服が裂け肌を切り裂かれている。

 梅の花弁は、それ一枚一枚が鋭い刃物だった。


「なんや、他にもけったいな術持っとったんかい。」


 着地して、再び尻を上げて襲撃体制を取った谷本の傷が、見る間に塞がっていく。


「そっちこそ、そのオモシロ曲芸は、傷まで治せるのか。」


「そうや、なんぼかすり傷付けてもウチは倒せへん。」


「なるほど、大したものだ。」


「はん、もう褒めてもあげへんで。」


「だが、体力までは戻らんだろう!」


 翔はまた左右の手を振って攻撃を仕掛ける。


「しつこいねん! しつこい男は嫌いや!」


 俊敏な動きで躱す谷本。

 翔が舞う優雅な舞は、谷本が躱せば躱すほど激しさを増していく。

 対する谷本も、体の表面を切らせるだけで、急所への直撃はギリギリで躱し、付いたかすり傷はその度に修復していく。

 だが、体全体を使って飛び回る谷本と、その場で舞を舞う翔とでは、体力の消耗度合が全然違う。


 被弾の度に着ていたものは切り裂かれ、今や、青のサテンのショーツ以外は切れ端くらいしか残っていない。

 見事な二つの乳房は、既に露わになり、躱すたびに激しく揺れていた。


 被弾する枚数は段々と多くなり、修復の追いつかない傷はどんどん増えていく。

 返り血を浴びた半透明の花弁は、みるみるうちに薄いピンクに染まっていき、宴の終りを予感させた。


 このままでは勝機は無いと判断した谷本が、捨て身の反撃のために溜めを作った一瞬を、翔は見逃さない。


!」


 二つの花びらが、谷本の両足の腱を切断していた。


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