第10話 三種の神器

 ~2時間後~


「シンジラレナイナ…。」


 話を聞いたレオナルドは絶句し、ダニエルは声も出ない。


(まぁ、当然だろう。)


 話している翔自身もどこまで信じていいのか分からずに、ただ、聞いたことをそのまま話しているだけだ。

 知佐達の口から出てくる驚愕の真実に触れた翔は、ダニエル達にも話しておく必要があると考え、二人を事務所に呼んだ。

 ダニエル達が事務所に向かっている間にも、にわかには信じられないような話が次から次に出てくる。


 混乱の極みに達した翔は、とりあえず一旦落ち着こうと、三人を連れて川端商店街にある長浜らーめんの店で、博多流の朝食をご馳走した。


 スポーツ選手がよくやるルーティーンというヤツだ。

 普段通りの行動を取ることで、普段通りのメンタルを維持する。


 知佐は、朝からとんこつらーめんを出されて少し面喰っていたが、崇継と紗織は美味しそうに平らげる。


 これで博多の洗礼は完了だ。

 さっきまでより少しは冷静に話を聞けるだろう。 


 冷泉公園でストレッチをしている一団を、横目に捕らえながら事務所に戻ると、丁度ダニエル達もやって来た所だったので、かいつまんで話をした。



「つまり、その子が次の天皇っちゅうこつか?」


 全員の視線が、崇継に注がれる。


「そういう事になりますね。」


 気まずそうに俯いた崇継の目には、涙が溜まっている。

(本来であれば、次のだ。)


 だが、本来の皇位継承筆頭者である崇継の父は、4日前に亡くなった。


 いや、知佐達の話によれば殺されたのだ。

 しかも、凄惨な場面を目撃してしまったとなれば、取り乱して泣き叫ばないのが不思議なくらいだ。


 そして、影の天皇陛下は、末期ガンに侵され、いつその時が来てもおかしくないという。


 まだ中学生の身には、いくら何でも荷が重すぎる。


「デ、キミたちは、オトウサンを殺害した賊から逃げてまでキタ、というワケダナ。」


「そうよ。」


 知佐が答える。


「ダガ、何故にキタ?」


 そうだ、翔もそれが気になっていた。

 いくら、知佐と翔が元クラスメイトとはいえ、卒業してから10年以上一度も会っていないのに、それだけで頼って来るのは解せない。

 皇宮警察の内部犯行を疑うのは分かるが、だからと言って危険を冒してわざわざ福岡までやってくるのはリスクが高すぎる。


「それは…若様のよ。」


「能力?」


「ハイパーインスピレーション…超霊感ね。」


 翔は、初めて崇継と会った時に感じた不思議な感覚を思い出した。

 全てを見透かされているようなあの感覚が蘇ると、どんな能力かは分からないが、信じざるを得ない。


「その超霊感で、博多ポートタワーとその麓の小さい社、そしてあなたの名前が浮かんで来たそうよ。

 最初に名前を聞いた時は、ピンと来なかったわ、まさか、博多で探偵をしているなんて思わないもの。」


 知佐は、こちらを見てはにかんだ様に微笑んだ。


「でも、公園であなたを見てすぐに分かったの、あぁ、翔君は今でも正義の味方なんだって。」


 そう言われて、背中がむず痒くなった。

 

「正義のミカタネ…。」

 ダニエルとレオナルドが悪戯っぽくこちらを見ている。

 浮気調査だの、スケコマシだのと言い出さないように、後で口止めしておかねば。

 

「天皇家のには、数世代に一人、その能力を持つ人が生まれると言われているわ。

 若様の能力は、今年になって発現したばかりで、まだ未完成だけど、身に迫る危険だったり、その解決策だったりが、断片的にだけど不意に映像で浮かんでくるそうよ。」


「ソレデ、賊からも逃れラレタノカ!便利なチカラダ!」


「そうね…。」


 そう言って崇継の方を見た知佐の視線には、わずかにが混じっていた。


 <>という言葉が適当なのかは分からない。

 常軌を超えた力は、持つ者の心に重く絡みつくだ。

 

(ましてや、その力が自分のに由来してるとなれば、逃げる事もできない。)


 程度の差こそあれ、宿に自分の運命を弄ばれてきた翔には、他人事とは思えなかった。

 ましてや知佐は、まだ幼さが残る崇継の傍に使え、突如発現した力に戸惑い思い悩む様を見て来たのだ、その重荷に潰されてしまわないか心配なのだろう。

 キツそうな見た目からは想像しづらいが、純粋で優しい女性だ。


 


 気まずい沈黙を破るように、ダニエルが素朴な疑問をぶつける。


「そもそも、日本に天皇が二人おらっしゃるとか聞いた事ないっちゃけど、なんで、そげんコツになっとると?」


 それもそうだろう、日本人でさえ知らない話だし、そのルーツである南北朝時代の話は複雑すぎて、普通の日本人は敬遠している。

 窓際に立っていた知佐が、目線の動きで説明を押し付けてくる。


(やれやれ)


「いいか、日本の天皇は、昔から権威の象徴ではあるけど権力を持ったことはあまりなくて、実際に権力を振るってる人間は、常に他にいたんだよ。」


「アァ、珍しい統治の仕方ダ、実にキョウミ深いナ。」


 レオナルドは、興味深げに聞いている。


「それはつまり、権力争いに利用される危険と、常に隣り合わせって事だ。」


「ホウ。」


「しかも、昔は今みたいに皇位継承順位が明確に定められてなかったから、天皇家の中でも皇位を争ってもめる事が度々あった。」


「そのもめ事を利用したのが、室町幕府を興した足利将軍家よ。」


 つたない説明が不安なのか、知佐が口を挟む。


「その室町幕府の前の鎌倉幕府の頃には、とりあえずのルールがあって<大覚寺統>と<持明院統>の2つの皇統がが交互に継承するようにしようって決まりがあったんだ。」


 説明の主導権を取り返して続ける。


「でも、強制力のないルールだから、連続で同じ皇統から継がせたりとか、もうやりたい放題。」


「は~、礼儀正しい日本人っちゅうとは幻想やね~。」


「で、怒った大覚寺統の後醍醐天皇が、挙兵して鎌倉幕府を滅ぼした。」


「マジか?」


「大マジさ、それで交代制は廃止になるんだけど、そこで出てくるのが足利尊氏。

 自分たちの幕府を興すのに後醍醐天皇が邪魔だったから、対立してる持明院統の光明天皇を擁立して、今度は後醍醐天皇と戦争を始めた。」


「で、ドッチが勝つんダ?」


「足利尊氏だよ、勝って室町幕府を興したんだ。」


「じゃあ、それで問題ないやん。」


「ところが、後醍醐天皇がこっそり今の奈良県辺りの吉野山に逃げ込んで、我こそが正当な天皇だと宣言しちゃったんだよ。」


「ンー、デモ、権力者が自分トコの天皇が正当ダト言ってるなら、ヨシノの方はノーチャンスじゃないノカ?」


 レオナルドの疑問は尤もだ。


「普通に考えればそうだけど、後醍醐天皇は切り札を持ってたんだよ。」


「キリフダ?」


「()だ。」


「ホーッ。」


 レオナルドもダニエルも合点がいったようだ。

 昨今、盛んに報道されてる改元のニュースで、()についても度々報道されているため、名前だけはよく聞いていたのだろう。


「そこから50年余り、吉野を南朝、幕府側を北朝とし、南北に別れた時代が続いた後、足利義満が南朝を説き伏せて、ようやく南北が合一したという訳だ。」


 二人が感心しているうちに、ひとまず話を打ち切った。


「…というのが、一般的な日本人が知ってる歴史だ。」


 目線の動きで、知佐に続きを促す。


 この先の話は翔も知らない。

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