少女の日記

ナカタサキ

夏祭り

 ウイスキーを甘い冷やし飴で割って飲んでいた先生の姿が、未だに瞼に熱く焼き付いています。先生のことを思い出す夏の夜に、私はウイスキーの冷やし飴割りを作ります。



 私にとって先生と過ごした時間は甘ったるい優しさに包まれた、とても美しい時でした。

 夏の音や匂いを閉じ込めたようなまあるいビー玉を太陽にかざすような、一瞬の強い日射しの煌めきが、茹だるような暑さで溶けてまるで、先生と過ごした時間が全て特別に写り、まるで永遠を錯覚してしまいそうなほど強烈に焼き付いています。

 一生に一度の大恋愛をしました。



 何故はずしがりやの私があんなに勇気を出せたのか、今思えば不思議でなりません。

「先生、私は先生が好きです。お付き合いして頂けませんか?」

 春に「緊急事態の時に電話してください」とクラスの黒板に書いた電話番号に勇気を出して連絡をしました。

「人をからかうのはやめなさい」

 先生は素っ気なくそう言うとすぐに電話を切ってしまいました。

 それから密かに先生へ何度も想いを伝えて、夏が過ぎた頃にようやく先生は私と交際を始めました。


 二人きりでない時、先生は冷たく私に接します。

 最初は驚き悲しかったのですが、すぐに慣れました。先生は真面目で少しばかり不器用なのです。

 私が想いを告げたとき、ぶっきらぼうに私の手を握る先生の耳が真っ赤に染まっているのをみて、とても愛しく思ったとこをよく覚えています

 ただ真面目な先生だから、生徒の私と交際をしている自分自身に苦しんでいたのかもしれない。


 私たちは秘密の関係なので普通の恋人たちのように出かけることはできませんでした。人目を避けるように先生の家へ通うことの方が多くありました。

 先生は二人きりになると、沢山甘やかしてくれました。先生は私の内なる空白をすぐに見抜いてしまいました。

 何故分かるのかと尋ねたら、優しそうな表情で「未菜さんはとても分かりやすい」と仰られました。

「素直で純真で、とても可愛らしい。どうかこのまま大人にならないで」

「まあ、ご冗談を。早く大人になれば、ずっと先生といられるのに」

 私は無邪気に笑って先生の不安を気づかない振りをしました。先生はきっと、私を信じていなかったのです。


 一度だけ、先生と遠出をしました。

 県外のお祭りに人混みに紛れて出掛けました。私たちは誰にも気付かれないように少しばかり変装をしなければなりませんでしたが、先生と出掛けられることが嬉しかったです。


 私は冷やし飴を買いました。先生は横で売っていたウイスキーの冷やし飴割りを飲んでいました。

「まあ!かずひとさん、私にも一口ください」

「いけません、あなたはまだ未成年なんですから」

「じゃあ、私が大人になったら一緒に飲んでくださいますか?」

 先生は私の頭を乱雑に撫でると、それきり何も言いませんでした。

 先生は嘘をつけない人です。

 帰りの人混みのなかで、私は先生に見つからないように少し泣いてしまいました。

 これが先生と行った最後の夏祭りの思い出

です。



 夏祭りの鼓が鳴ると先生のことを思い出します。

 先生、お元気にやっておられますか?

 私はまだここにいます。

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少女の日記 ナカタサキ @0nakata_saki0

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