第11話 美少女メイドと王国を探訪したい

翔琉カケル君だけは初めてよね。私の付き人のユイよ」


 一体どこから現れたんだ、この人は。

 今まで気配も感じなかったが、兎毬トマリの合図で音もなく現れた。

 長い黒髪をポニーテールに結っている。

 背丈は兎毬トマリとほぼ同じくらいだが、年齢は………年齢も兎毬トマリと同じくらいか?

 だが年齢がどうとかよりも、この人を見た最初の感想は「今までここで出会ったどの女の子よりも綺麗だ」だった。

 それは決して兎毬トマリ達が綺麗じゃないという意味では無い。

 兎毬トマリ流乃ルノは『美人系』、紗羽サワ杏奈アンナは『可愛い系』としてそれぞれレベルは高いと思うのだが、このユイさんの前では芸能人と一般人くらいの差を感じる。

 この差は何と言えばいいのか上手い言葉が思いつかないが、クオリティとでも言えばいいのだろうか。

 一言で言えば、女性としての魅力が段違いだった。


「おい、この人もまさかヒロイン候補とかいう奴か?」


 兎毬トマリに小声で耳打ちする。


翔琉カケル君がそうしたいならヒロインに加えてもいいけど、違うわ。だって見た目だけなら圧倒的すぎるでしょ」


 兎毬トマリも小声で返す。

 少し不満げな声と表情で。


「それでは翔琉カケルさんの食事が終わり次第、ご案内させて頂きます」


 何て言うか、声も綺麗だ。

 聞いているだけで心臓がドキドキする。

 女性に対してここまでドキドキさせられたのは生まれて初めてかもしれない。


「あ、えっと、ご存知かと思いますが、岡尾オカオ 翔琉カケルです」


「もちろん存じ上げております。翔琉カケルさんをこの屋敷までお連れしたのは私ですから」


「えっ?」


 俺をここへ連れてきたのがユイさん?

 という事はまさか………


昨日さくじつは背後から気絶させてしまい、申し訳ありませんでした。お嬢様のご命令でしたので」


 兎毬トマリが主犯だったのは既に知っていたが、実行犯はこの人だったのか。

 だが、それを知っても何故か怒りは込み上げてこない。


「あの、ユイさんの苗字………フルネームは」


「お答えする必要を感じません」


「う………」


「まぁこの子の事はユイって呼んでよ。ちょっと融通がきかない性格でさ」


「わかった。じゃあユイさん、よろしくお願いします」





 朝食を食べ終えた後、俺はユイさんにこの『兎毬トマリ王国』の案内をしてもらった。

 最初に向かったのは屋敷の裏手にある森の中。

 ちゃんと人の歩ける道ができており、200~300メートルほど奥に進んだ先に美しい泉が見えてきた。

 大きさはさっきまでいた兎毬トマリの屋敷くらいはあるだろうか。

 水面みなもは日の光でキラキラと輝き、周囲の木々の緑とのコントラストが絶妙だった。


「これは綺麗な泉ですね」


「ええ。この泉は『勇者の泉』。選ばれし勇者が女神からの神託を授かるという、伝説の泉です」


「………は?」


 急に何を言い出すんだ、この人は。


「昨日、目覚めた翔琉カケルさんをお嬢様は最初にここへお連れする予定でした。そして女神役の私が勇者カケルへ神託を与え、世界を救う旅に………」


 そう言いながら、ユイさんの右手には金髪のウィッグが握られていた。

 そういえばすっかり忘れていたが、ここへ来て最初に兎毬トマリが俺に仕掛けてきたのは『異世界ごっこ』だったな。

 あの時もしも俺が兎毬トマリの筋書き通りの話に付き合っていたら、あの後ここへ連れてこられたという事か。

 という事はユイさんはあの時ここで、女神のコスプレでスタンバってたという事か。


「ちなみにこの異世界設定、仮に俺が信じてたとしたら、どこまで準備をしてたんですか?」


「施設的な準備はここまでです。現実的な問題として、例えば翔琉カケルさんに信じこませるほどの魔法の演出などは不可能ですし、お嬢様は『イケるところまでイこう』と仰っていました」


 行き当たりばったりもいいところだ。

 俺が言う事じゃないかもしれないが、せめてもう少し設定を作り込んで準備してから実行に移せよ。


「では次に参りましょう」


 勇者の泉から屋敷の方向へ来た道を戻り、その途中にパッと見では気付きにくい脇道があった。

 その脇道を少し進んだ先に、山小屋のような建物があった。

 外から見た感じはキャンプ場とかにあるログハウスのようなイメージだ。


「ログハウス?」


「ここはお嬢様の仕事場です」


「仕事場?」


 あいつが一体、何の仕事をしてんだ?

 この国の建国計画とかだろうか。

 ユイさんの後に続いて中に入ると外からのイメージとは違い、中はベンチャー企業のオフィスのような近代的な作りだった。

 ただ企業のオフィスとは違うのは、机の上に並んでいるのはパソコンでは無かった事だ。

 いや、パソコンもある。

 が、俺の中のパソコンのイメージから言うと、モニターの前に置いてあるキーボードの存在がパソコンの存在感を表す重要なファクターなのだが、ここではキーボードの代わりにもう一つの卓上モニターのような物が設置されていたのだ。


「あの、これは何なんですか?」


「ここはお嬢様の仕事場………漫画の作業場です」


「漫画?あいつ、漫画を描いてるんですか?」


 漫画家というとインクとペンというイメージだが、最近はデジタル化が進み、一切インクを使わないという話は聞いた事がある。

 つまりこれが現代の漫画家の仕事場という事なのらしい。


「では次に参りましょう」


 次にやって来たのは兎毬トマリの屋敷の地下。

 そこは学校の体育館くらいの広さで、奥にはステージのような物もあり、そこも体育館っぽさを醸し出している。


「ここは………体育館ですか?」


「ここはライヴ会場です」


「ライヴ会場?」


「今は主にお嬢様の企画するアイドルユニットの練習場として使用されていますが、実際に観客を入れれば最大1000人まで収用可能のライヴ会場となります」


 アイドルユニット………。

 あいつのやりたい事ってのは一体何なんだ。

 異世界に漫画にアイドル。

 それらは全てあいつの趣味なのだろう事は想像できるが、やりたい事全て手を出しまくってとっちらかっている感じだ。


「なるほどな………」


 こうして色々見てきて少しわかってきた気がする。

 あいつ、穂照ホテル 兎毬トマリは、やりたい事は全てやる。

 金に糸目をつけず、片っ端から手を出して最高の環境を用意する。

 その結果、どれも中途半端なまま放置され終わるというわけだ。

 やっぱり金持ちの道楽じゃないか。

 という事は俺の巻き込まれたリアルギャルゲ計画とやらもその一つって事だろう。


「いい加減なあいつらしいな」


「いい加減?何をもっていい加減と言えるのですか?」


「え………だってこんな手広く色々やってちゃ、結局どれも中途半端な結果しか出せないでしょう」


「お嬢様はこれらの趣味、どれも適当になどしておりません。例えば漫画ですが、某出版社の漫画賞で準入選を獲っております」


「ええっ!?」


「アイドルにしても、インターネットの動画サイトから活動を始め、今では芸能プロダクションと正式に契約をする事になり、徐々に売れはじめています」


 マジか?

 それはかなり凄い事なんじゃないか?


「どれも『穂照ホテル』の名は表に出さず、無名のところから始めての結果です」


 漫画にしてもアイドルにしても、それぞれの業界の事について詳しくは無いが、人から認められるのがそんなに簡単な事じゃないって事くらいはわかる。

 つまりあいつにはそれだけの才能があるって事だ。

 でも、それなら尚更一つの道で努力するべきじゃないのか?


「………あえてお嬢様の欠点を挙げるならば、『やりたい事が多すぎる』事」


「そりゃそうだろう。これだけ結果の出せる奴なら、一つの道で集中してやってりゃ天下獲れるはずだ」


「はい。ですが、どの道も決して中途半端にはしていません。やりたい事が多すぎる為にそれぞれの道の進捗は遅いですが、どれも確実に一歩一歩、確実に前に進んでいます」


「………ユイさんは兎毬トマリのやり方が間違っていないと思っているのか?」


「私は事の正否を断する立場にありません。が、やりたいと思った事は必ず実現させる、それがお嬢様なのです」

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