第10話 リアルなギャルゲを追及したい

 その少女、橘井キツイ 杏奈アンナが第一声を発してから確実に数秒間、脳が止まっていた。

 これでも事前に兎毬トマリ流乃ルノという下ネタ大好き女二人に出会っていたというアドバンテージがあったからと考えれば、もしあの二人に出会う前だったならさらに数十秒は思考停止していたのではないだろうか。


「いやー、ホンマはもうちょいクールなツンデレ美少女を演じたろかとおもうててんけどな、ニィちゃんとトマリンのやり取りが面白オモロくて我慢できひんかったわ!こんな楽しそうな中で一人だけ仏頂面ぶっちょうづらし続けとったら損やん!」


 一度口を開いた途端、マシンガンのように言葉が飛び出してくる。

 これはあれだ、いわゆる『大阪のオバチャン』て奴だ。

 俺には関西の知人がいないので初めての経験だが、若い奴の中にもこんなのはいるのかもしれない。

 ただ、こいつの場合は見た目とのギャップが激しすぎるというだけで。


「あー、じゃあとりあえず、杏奈アンナと呼べばいいか?」


「ん、それでええで。ほんならウチは何て呼んだらええかな?ニィちゃん?翔琉カケルニィちゃん?それとも………あ、お兄ちゃん♡のほうがええか?萌える?」


 杏奈アンナ自身に悪気は無いのだろう事はわかるので怒ったりはしないが、正直その呼ばれ方はイラッとする。

 嫌な事を思い出すからだ。


「悪いが『兄ちゃん』はやめてくれ」


「せやったら………『カケヤン』でどや!」


「『ヤン』はどこから来たんだよ。まぁ、それでいい」


「と言うわけでお互いの呼び名も決まったところで」


 タイミングを見計らったように兎毬トマリが手をパンパンと叩く。


「あらためて私から紹介するわ。この子は翔琉カケル君の三人目のヒロイン候補、年下ロリっわく橘井キツイ 杏奈アンナよ」


「またか………」


「よろしく頼むわ、カケヤン!」


 杏奈アンナという強烈なキャラクターも、クラスに一人いれば楽しいだろうと思えるし、悪い奴では無さそうだ。

 それは流乃ルノにしても紗羽サワにしてもそうだが、みんな決して悪い奴では無い。

 もっと普通の出会い方をしていれば良い友人になれたかもしれない奴らだ。

 だがこんな最初から『恋愛ゲームごっこ』をさせられる前提で紹介されてしまっては、どうしても余計なフィルターをかけて見てしまう。


「なぁ兎毬トマリ。どうしてもこいつらの誰かと恋愛ごっこ………いや、恋人にならなきゃ駄目なのか?」


「どういう意味?」


「つまり………とりあえず恋人になるとかそういう話は抜きにして、普通に友人として接したい。それじゃ駄目か?」


「いいわよ?」


「いいのかよ!?」


 兎毬トマリはキョトンとした顔であまりにもアッサリと言うものだから、思わず拍子抜けしてしまった。


「あのね翔琉カケル君。ギャルゲだって普通の恋愛と同じ。いきなり恋人になるわけないじゃない。そんな『出会って4秒で◯◯』じゃないんだから、そんなのは『ギャルゲ』じゃなくて『きゲー』って言うのよ」


「その例えの半分も理解できんが………つまり?」


「昨日も言ったけど、『過程』が大事なの。まずは翔琉カケル君の言うように友人関係からでいいと思うわ。その結果、誰かとより親密になるのか、あるいはならないのか、それは全て翔琉カケル君次第よ」


 意外な返答だった。

 俺はてっきり無理矢理にでも俺と誰かをくっつけようとしているのだと思っていたからだ。

 ギャルゲというものをやった事が無いからわからんが、俺にも理解しやすいように解釈するならば、兎毬トマリはよりリアルな人間関係の経過観察をしたい、という事のようだ。

 さっきの話を信じるならば、結果的に俺が誰とも付き合う事にならなくても構わないという意味だろう。

 そういう事なら多少は俺の中の気負いは無くなるが、同時に俺はいつになったら解放されるのかという不安は強くなる。

 まさか一生ここで過ごせとでも言うつもりか?


「さて!まずは朝食!その後は翔琉カケル君には昨日の続きをしてもらいましょう」


「昨日の続き?」


「そう。この国を見て回ってもらいます。昨日は結局、紗羽サワちゃんの畑しか見てないんでしょ?」


「あ、ああ………まぁ。けど、そんなに見て回るようなもんがあるのか?」


「確かに今はまだ何も無いに等しいけど、流石に紗羽サワちゃんの畑だけって事も無いわよ。昨夜ゆうべのお風呂だってなかなかの物だったでしょ?」


 それは確かにこいつの言う通りか。

 少なくともこれからしばらくはここに住む事になるのだし、知っておいて損は無い。


「わかった。紗羽サワ、この後なにか用事はあるか?」


「いえ、特に何も………」


「待った!」


 俺が紗羽サワに案内を頼もうとしたところで兎毬トマリが待ったをかけた。


「最初に紗羽サワちゃんを紹介した私の責任もあるけど、翔琉カケル君はちょっと紗羽サワちゃんに頼り過ぎね。ギャルゲ的に言うなら、紗羽サワちゃんの好感度ばかり上げ過ぎよ!」


「ギャルゲ的に言われても俺にはわからんが………」


 だが今の兎毬トマリの言葉を俺的に解釈するなら、紗羽サワばかりに負担をかけ過ぎと取る事もできる。

 考えてみれば紗羽サワの本来の目的は勉強だ。

 誰からも名前の事でからかわれず、静かな環境で勉強がしたい、だったはず。

 その邪魔をするのは確かに俺も本意じゃない。


「じゃあ誰か他に案内してくれるのか?」


「そうね、今日のところは『中立』の人間に案内を頼むわ。ユイ!」


「はい。兎毬トマリお嬢様」


「うわっ!」


 兎毬トマリが右手をパチンと鳴らすと突然、兎毬トマリの背後からメイド服姿の女性が現れた。

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